島津家は、鎌倉時代からおよそ700年以上にわたり南九州を統治してきた武家の名門です。初代惟宗忠久が源頼朝から島津荘の下司職に任じられ、島津を称したことに始まります。その後、忠久は薩摩・大隅・日向の三ヶ国の守護職も兼ね、南九州支配の基盤を築きました。鎌倉時代後期の4代忠宗以降は、領国経営を本格化させ、大陸との交易を行う貿易大名としての地位も確立しています。

室町時代から戦国時代には、一族の分裂によって本家の力が衰退し、中央政権と対立するなど幾多の危機に直面しましたが、江戸時代には薩摩藩72万石の大名として存続します。鎖国体制下にあっても、琉球貿易を徳川幕府から許されており、海外文化にも通じていました。

江戸時代後期には、28代斉彬が集成館事業を推進し、軍備の強化や産業の育成に尽力しました。その後も29代忠義が事業を継承し、近代日本の礎を築いています。

明治維新後、島津家は華族に列して公爵に叙せられました。藩主としての南九州統治は終わりましたが、鹿児島県内で鉱業・林業などの事業を展開し、現在の島津興業へと受け継がれています。

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