「近代薩摩焼発祥の地 記念碑」は、かつて背後に築かれていた登窯にちなんで建てられたもので、28代島津斉彬が主導した「近代薩摩焼」の開発を今に伝えています。

薩摩焼とは、16世紀末に17代島津義弘が朝鮮から陶工を連れて帰国したことにより始まった、鹿児島の伝統工芸です。「黒薩摩」と「白薩摩」の二系統に分かれており、斉彬は、あたたかみのある白い生地が特徴の白薩摩に注目しました。これを、ヨーロッパ人の嗜好に合わせた華やかな様式へと発展させ、海外輸出を計画しました。

集成館には10数連におよぶ大規模な登窯が築かれ、釉薬や絵具の研究、金を盛り上げて焼き付ける「金高盛り」の技術確立などが進められ、華やかな「近代薩摩焼」が誕生しました。輸出計画は斉彬の生前には実現しませんでしたが、慶応3年(1867)に開催されたパリ万国博覧会に出品され、高い評価を受けました。

この博覧会を契機に、薩摩焼は大量に海外へ輸出されるようになり、現在でも「SATSUMA」の名で世界中の陶磁器愛好家に親しまれています。

Next Contents

Select language