明治28年(1895)、仙巌園を本邸とした29代島津忠義の時代に建てられたものです。薬医門と呼ばれる公家や武家の屋敷の正門として用いられた格式高い様式になっており、建材には、仙巌園裏手の磯山から主採された大樹の樟(くす)が使用されています。

門の中央部には島津家の家紋である「丸十紋」と、左右には「桐紋」があしらわれています。丸十紋は広く知られる紋ですが、当初島津家では初代忠久が源頼朝より拝領したと伝わる「十字紋」を用いていました。現在の丸で囲まれた紋を主として使うようになったのは17世紀に入ってからと考えられています。「桐紋」は牡丹紋とともに初代忠久が摂家・近衛家より拝領し、使用するようになったといわれています。

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