江戸時代になると、富士山に登る人が一気に増えます。
その中心にあったのが「富士講(ふじこう)」という信仰でした。
富士講とは、富士山を信仰する人たちの集まりです。
江戸を中心に多くの講がつくられました。
人々は少しずつお金を積み立て、その年に登る代表者を決めます。
そして選ばれた人が、仲間の願いを背負って富士山へ向かいました。
彼らは皆、白い装束を身につけていました。
それは巡礼の衣であり、同時に死装束でもありました。
なぜでしょうか。
それは、富士山に登るということが、一度死に、そして生まれ変わる旅だと考えられていたからです。
険しい山を登り、山頂にたどり着く。
そしてそこで迎えるものが巡礼の最後の目的でした。
それが「御来迎(ごらいごう)」です。
夜の闇の中を歩き、夜明けの瞬間、山頂で光を迎える。
その光は、ただの朝日ではありませんでした。
昔の人たちはそこに「神や仏が現れる瞬間」を見ていたのです。