さて、目の前に並ぶ看板を見てください。
何の店か、わかりますか?

これらは、1940年ごろの北京で使われていた看板です。
「幌子(ホァンツ)」と呼ばれていました。

面白いのは、多くの幌子に、ほとんど文字が書かれていないことです。
綿屋なら綿を吊るす。靴屋なら靴を掲げる。
中には、初めて見ると、まったく意味がわからないものもあります。

たとえば、イスラム教徒向けの飲食店の幌子。
目を引くのは、その鮮やかな青です。
イスラム文化において青は、神聖さを表す特別な色でした。
だから当時の北京の人々には、一目でそれとわかったのです。

さらに、洒落のきいた看板もありました。
ある酒屋の幌子には、中国の詩人・李白にまつわる一節が書かれています。

「天子呼び来たれども、船に上らず」

皇帝に呼ばれても、酔っていて船に乗れない——という意味です。
李白は、伝説的な酒飲みとして知られた詩人です。
その詩を看板に掲げたのが、居酒屋です。
粋でしょう。

看板とは、情報だけでなく、その街の文化を映す記号でもありました。

この幌子を集めるのは、簡単ではありませんでした。
収集を任された人物は、店に入ってこう頼みました。

「店の前の看板を売ってください」

すると店主は怒ります。
「うちは、看板を売るほど貧乏していない。失礼なことを言うな!」

そんなとき、ひとりの骨董商が知恵を貸しました。
彼は店主たちに、新しい幌子を作れるだけのお金を渡し、その代わりに、古い幌子を譲ってもらったのです。

風に吹かれ、雨に打たれ、煤けて、擦り切れた看板たち。
参考館が欲しかったのは、まさにそんな「手垢にまみれたもの」でした。

近代化の波の中で、幌子は街から姿を消し、今では現地でもほとんど見られません。
もしかすると、これほどまとまった形で残っているのは、世界でここだけかもしれません。

それは、ただ古い看板が残っている、ということではありません。
そこに残っているのは、店を営んだ人の暮らしです。

今日も客が来ますように。
商売がうまくいきますように。
家族を食べさせていけますように。

毎朝、店先に看板を掛けるその手には、きっとそんな願いが宿っていました。
看板とは、商いの道具であると同時に、暮らしを支える祈りのしるしでもあったのです。

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