この絵馬には、ひとつ謎があります。
三人の女性が、祈っています。
けれど、何を願ったのか、わからないのです。

その視線の先にあるのは、御幣です。

白い紙が折られた、この印。
神社で見たことがありますよね。

御幣は、神様をあらわすものでもあり、
神が降りてくる場所、依代でもあります。

日本では、神そのものの姿を描くことは、あまりしませんでした。
神をむやみに形にするものではないと考えられていたからです。
だから人々は、神の姿ではなく、神が宿る場所に向かって祈りました。

さて、この三人は、何を願っていたのでしょう。
家族の無事でしょうか。病気平癒でしょうか。縁談でしょうか。
それとも、もっと切実で、誰にも言えない願いだったのでしょうか。

わかりません。
けれど、もしかすると、知られないこと自体に意味があったのかもしれません。

人には、他人には言えない祈りがあるものです。
家族にも言えない。友人にも言えない。
言葉にすることさえ、ためらってしまう願い。

でも、神様になら打ち明けられる。
そんな祈りが、あなたにもありませんか。

神のみぞ知る。

この絵馬に残されているのは、願いの内容ではありません。
祈った、という事実だけです。

そして、祈りとは、本来そういうものなのかもしれません。
祈りとは、誰かに理解されるためのものではなく、
ただ、そっと差し出すものなのですから。

Next Contents

Select language