甲板に出てみてください。ひとつ、またひとつと、島影が近づいてきます。その姿は、まるで山々が海に沈み、頂だけが顔を出しているかのようです。数えてみると、大小あわせて四十あまり。姫路と小豆島のあいだの海──播磨灘に浮かぶ、家島諸島です。
この名前には、ひとつの伝説が伝わっています。初代天皇・神武天皇にまつわる話です。大和を目指す航海の途中、風波を避けてこの島の港に入った神武天皇は、あまりに穏やかな入江に、「まるで家の中にいるようだ」と語りました。そこから、この島は「家島」と呼ばれるようになったといわれています。

そしてもうひとつ、もっと壮大な話も伝わっています。国生みの神話──イザナギとイザナミの二神が矛で海をかき混ぜ、日本列島の島々を生み出したという、あの物語です。神々が最初に降り立った「オノゴロ島」を、この家島のことだとする説があるのです。オノゴロ島の伝承地としては淡路島がよく知られていますが、家島もまた、そのひとつに数えられています。

遠くをご覧ください。天気がよければ、その向こうに淡路島が見えているかもしれません。小豆島もまた、『古事記』や『日本書紀』には「あづきしま」として登場します。本州や四国などが生まれたあと、続いて生まれた六つの島。そのひとつに、小豆島の名がはっきりと記されているのです。この船から見える島々は、神話の時代から語り継がれてきた、特別な島々でもあるのです。

播磨の海が、古くから交通の要だったことは、地図を見ればわかります。家島は、瀬戸内海を行き交う船にとって、長いあいだ「風待ち・潮待ちの港」でした。強い風が吹けば、船はここに逃げ込み、潮の流れが変わるのを待った。いまあなたが乗っているこの船も、その長い列の、いちばん新しい一隻にすぎません。
奈良時代、朝鮮半島へ向かう使節の一行も、この島のあたりで船を停めました。『万葉集』には、そのとき詠まれた歌が残されています。「家島は、名ばかりの島であったよ。海を越えて恋しく思い続けた妻も、ここにはいないのだから」──。家という名の島に着いても、そこに帰るべき家はない。旅人は、島の名前に自分の寂しさを重ねました。千三百年前の旅人も、いまのあなたと同じように、この島影を眺めていたのです。

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