家島諸島のひとつ、西島では、いまも石の採石が続いています。この海では、魚だけでなく石もまた、大切な恵みでした。切り出された石は船で各地へ運ばれ、人々の暮らしを支えてきたのです。
けれど、そもそもなぜ、この海にはこれほど多くの島が浮かんでいるのでしょうか。
その答えは、人間の歴史よりずっと前、地球そのものの動きにあります。いまから300万年ほど前、大地の下で巨大な岩盤同士がぶつかり合い、この一帯には、まるで布にできるシワのような地形が生まれました。沈み込んだ場所が、播磨灘のような「灘」に。盛り上がって狭まった場所が、「瀬戸」になりました。瀬戸内海という名前そのものが、この複雑な地形を表しているのです。
とはいえ、その頃はまだ海ではありませんでした。いまから2万年前、氷河期の真っただ中、この一帯は川が流れる広大な平野でした。やがて氷が溶け、海面が上がると、太平洋の海水は東と西の両側からゆっくりと入り込みます。そして、あなたがいま船で渡っている播磨灘に海が満ちたのは、およそ1万年前。瀬戸内海のなかでも、もっとも遅く海になった場所のひとつです。
窓の外に浮かぶ島々。あれはすべて、海に沈みきらなかった山や丘の頂です。1万年という時間は、気の遠くなるような昔に思えるかもしれません。けれど、地球にとっては、つい先ほどの出来事なのです。
この複雑な地形は、速い潮の流れも生みました。日本三大潮流と呼ばれる鳴門海峡、来島海峡、関門海峡。そのすべてが瀬戸内にあります。潮流は栄養と酸素を海のすみずみまで行き渡らせ、魚が育つ豊かな環境をつくりました。「海の幸の宝庫」と呼ばれる瀬戸内の豊かさは、この地形そのものが生み出したものなのです。坊勢島が漁師の島として栄えてきたのも、その恵みのおかげ、といえるのかもしれません。
そして、この美しい島々と穏やかな海は、日本で最初の国立公園にも選ばれました。風景そのものが、守るべき宝として選ばれた海です。どうぞ、もう一度だけ、ゆっくりと窓の外を眺めてみてください。