福田港は、小豆島のなかでも少し特別な港です。多くの人が利用するのは、島の表玄関である土庄港。福田港は、そこから海岸線をぐるりと回った、島のいちばん奥にあります。路線バスで移動しようとすれば、優に1時間はかかる。けれど、その分だけ、ここまで来た人にしか出会えない景色があります。
港のまわりを見渡してみてください。山肌には、ところどころ白い岩肌が顔をのぞかせています。花崗岩。この港の歴史を支えてきた石です。
江戸時代のはじめ、この石は、大坂城へ向かうことになります。徳川幕府が大坂城を大規模に築き直すことになり、巨大な石垣を築くため、西国の大名たちは各地で石を切り出しました。その産地のひとつに選ばれたのが、小豆島だったのです。良質な花崗岩に恵まれ、海から運び出しやすいこの島には、いくつもの丁場──石の切り出し場が開かれました。その現場のひとつが、ほかでもない、この福田です。およそ400年前、この地区の山にも丁場が開かれ、切り出された巨石は、いまあなたの目の前にある海から大坂へ運ばれていったのです。
福田は、いまも石の町です。港の周辺には石材会社が集まり、人々はいまも先祖から受け継いだ山と向き合っています。港の近くには、かつての福田小学校を活用した日本遺産の拠点施設があります。石切りの道具や運搬の工夫、そして島の石がどのように日本各地へ運ばれていったのか。この町に刻まれた「石の記憶」を、いまに伝える場所です。
大坂城だけではありません。皇居の正門にかかる石橋にも、この島の石が使われています。もっと身近なところでは、全国の山の頂に置かれている三角点。あの小さな石柱の多くも、小豆島の石です。いつかどこかの山に登って三角点を見つけたら、思い出してください。その石のふるさとは、この港のそばの山から切り出されたものかもしれません。
けれど、この島が人々に選ばれてきた理由は、石だけではありません。