奈良時代に編まれた歴史書『日本書紀』には、この島を舞台にした物語が残されています。主人公は、応神天皇です。
応神天皇はあるとき、お妃とともに瀬戸内の地を訪れていました。お妃の故郷は、この海の向こうにありました。やがて、お妃は故郷へ帰ることになり、天皇は、その舟を高台から見送り、一首の歌を詠みます。歌に登場するのは、淡路島と小豆島。海に寄り添うふたつの島を眺めながら、「ふたつの島は、いつも仲良く並んで浮かんでいるのに、なぜ私たちは離ればなれなのか。」そんな心情を、目の前の島々に重ねた歌でした。応神天皇は、去っていったお妃のことが忘れられず、のちに自ら海を渡ります。その旅の途中に立ち寄ったのが、この小豆島だと伝えられています。島には、天皇が最初に上陸した浜や木を植えた場所など、天皇の足跡を伝える伝承が、いまも各地に残されています。
そして、その旅のなかで訪れたと伝わるのが、島の中央にそびえる渓谷です。天皇はその切り立つ岩山を登り、頂から国の平和を祈った──そう伝えられています。神に願いを掛けた山。人々はやがて、この山を「カミカケ」と呼ぶようになりました。その名は、いまも姿を変えて残っています。寒霞渓──漢字は変わっても、その音にはカミカケの響きが残っているのです。
もうひとつ。この伝説の応神天皇は、死後、神として祀られるようになりました。その神様の名前は、あなたもきっと知っています。「八幡さま」。全国に2万社以上あるといわれる八幡神社の、あの神様です。そして小豆島には、島の大きさに不釣り合いなほど、たくさんの八幡神社があります。理由は、もうおわかりでしょう。この島は、八幡さまが神になる前、ひとりの人間として歩いた島だと信じられてきたからです。
寒霞渓の高い峰は、この島にもうひとつの恵みを与えています。海からの風です。瀬戸内を渡ってきた風は、この山にぶつかると、束になってふもとの町へ流れ落ちていきます。島の人々は、その風を暮らしに取り込みました。庭先に張られた白い素麺のすだれを、風が乾かしていく。醤油蔵の窓を抜けて、風がもろみの熟成を促していく。山の風と、島の味は、切っても切れない関係にあるのです。