坂道を登りきった先に、ひっそりと立つこの建物。往路では見過ごした人もいるだろう。この建物を何だと思うだろうか。実は、この建物こそが「前の前の前の本堂」。つまり、新勝寺の最初の本堂である。

1655年に建てられてから、50年ほど本堂として使われていたが、そのころから新勝寺を訪れる人が増えはじめる。遂にはこの建物では狭すぎて、人が入りきらなくなってしまった。そこで、新しい本堂が建てられることになった。それが先ほど訪れた2代目本堂(光明堂)であり、それもまた狭くなり、3代目本堂(釈迦堂)が建てられ、ついには4代目本堂(大本堂)まで建てられた。

これは、新勝寺の参拝客が急激に増えた証でもある。なぜなら、本堂の建て替えというのは、建物の老朽化や災害による破損を理由におこなわれるのが普通である。古い本堂は解体して、使える木材だけを再利用して新しい本堂を建てるのだ。しかし、新勝寺の場合はそうではない。訪れる人が急増したため、本堂を大きくする必要に迫られた。とはいえ、建物としてはまだ使える本堂を取り壊すのはもったいない。そこで、別の場所に移して、別の役割が与えられることになったのだ。

ちなみに、初代「市川団十郎」が子宝に恵まれるよう祈ったのは、この建物が本堂であったときのことである。

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