美大受験生だった頃の作者は、世界で活躍するファッションデザイナーになることを夢見ていた。西洋文化に憧れ、ファッションの本場であるヨーロッパに染まることが活躍への一番の近道だと思い込んでいたという。


しかしながら、そのアイデンティティには「日本人である」ということが大前提としてあった。そのことを置き去りにしては世界で注目されることは無いと確信して、日本のファッションである和装について学ぶに至った背景がある。

今回の作品も、そうした「日本人のアイデンティティ」ありきの織物作品だ。

モチーフとして使用した「カラス」は、大学時代から度々使用してきたものだ。日本では古来より吉兆(きっちょう)のシンボルや、神の使いとされてきた鳥でもあるが、作者がカラスを用いるのは、大学時代に遊女の研究をしていた際、明治期の手彩色写真の中に、カラスの着物を着る遊女の姿を見つけたことが記憶に残っているからだという。

京都西陣の匠(たくみ)の手によって織られた生地は、300年以上の長い歴史の中で革新的に進化を続けている日本が、世界へ誇るべき伝統工芸品でもある。

日本の伝統文化を現代のライフスタイルの中に見立てるということは、現代の工芸文化の中に、古来より続く考え方でもある「用(よう)の美」を見いだすことだ。西洋に憧れ、だからこそアイデンティティを振り返ることを選んだデザイナーの作品が、私たちにもう一度、日本文化の素晴らしさを教えてくれるのかもしれない。

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