「幼い頃、映画館の暗闇の中でじっとしているのが苦痛でした」
自分も映像の中の人物と同じように体を動かしたい、作品に参加したい。この欲望が、作者がインタラクション・メディアに関心を抱くきっかけとなった。
本作品は、観る者を作品の中にいざない、いつのまにか物語の当事者へと変えてしまう仕組みだ。観客はカメラを通じて自分の見ている映像の中にその場で合成され、いつのまにか劇中の登場人物となり、出演者に促されるまま多数決に参加させられる。「手を挙げる」——たったそれだけの、単純な動作で。
「多くのインタラクション作品は、エキサイティングで斬新であることを追求するあまり、鑑賞者に不自然な動作を強いる作りになっていることが多い。この作品を見た後、鑑賞者には自分が取った行為の意味を考えさせたかったし、また、一人ひとりにとって、異なった“意味”を持つ行為を取らせたかった」と作者は語る。
その点、「手を挙げる」という動作は日常的かつ自然な行為である。シンプルでありふれた動作によって、観客が自ら作品に参加することで、映像は分岐し、ストーリーが変わってゆく。観客は受け身な鑑賞者ではなくなり、作品との「つながり」が生まれるのだ。
インスピレーションの元になったのは、大学時代の講義の風景だった。受講者が多い授業の場合、積極的に手を挙げる学生は少ない。手を挙げることが億劫なのか、そもそも意見がないのか。もしかすると、自分が意見せずとも周りのだれかが代行してくれる、といった消極的な意識があるのかもしれない。この作品によって、誰しもが一度は憧れたことのある「テレビや映画の中に入りたい」という夢を叶えつつ、普段は意識されずにいる、他者に働きかけることへの消極的な姿勢に気づき、変えるきっかけになれば、と作者は語る。
現在の生活において、私たちは日々、膨大な情報の渦の中に置かれている。それゆえ、たとえ見過ごしてはいけない情報でも、まるで他人事のように感じられてしまうのだ。この作品は、メディアに対する「当事者意識」に気づくきっかけになるかもしれない。