たとえ家具ひとつでも、置かれる空間全体を意識して作る。
この作品の作者・インテリアデザイナーの牧野仁(まきのひとし)がその考え方に出会ったのは、イタリアで修行をしていたとき。牧野はこの気付きをきっかけに、空間全体の演出のためにも、照明が重要であると考えるようになったという。
「日本の居住空間に馴染む、美しい照明」
そんなテーマのもと誕生したのは、シャンデリアでありながらも、繊細な円で金箔が輝き、日本画のような佇まいを実現した今作だ。
金のような色合いにするために、素材の金属には5円玉にも使われている真鍮を選んだ。しかし、国内には真鍮(しんちゅう)を扱える金属加工会社があまりにも少ない。こうしてたどり着いたのは、仏具の製作所だった。
かつて日本は、製品に銅や真鍮を使っていたが、戦後、アルミや鉄が普及して、古い技術を捨ててしまった。しかし、昔ながらの工場は、その技術を活かし、装飾品などを作っているのだ。
こうして、日本の職人文化が生み出した儚い陰影の美と、空間に溶け込むヨーロッパの照明文化が調和した照明が完成した。『WA』という作品名には、輪っかの「輪」と調和の「和」、そして結びつきを表す「環」の意味が込められている。
館花
美大受験生だった頃の作者は、世界で活躍するファッションデザイナーになることを夢見ていた。西洋文化に憧れ、ファッションの本場であるヨーロッパに染まることが活躍への一番の近道だと思い込んでいたという。
しかしながら、そのアイデンティティには「日本人である」ということが大前提としてあった。そのことを置き去りにしては世界で注目されることは無いと確信して、日本のファッションである和装について学ぶに至った背景がある。
今回の作品も、そうした「日本人のアイデンティティ」ありきの織物作品だ。
モチーフとして使用した「カラス」は、大学時代から度々使用してきたものだ。日本では古来より吉兆(きっちょう)のシンボルや、神の使いとされてきた鳥でもあるが、作者がカラスを用いるのは、大学時代に遊女の研究をしていた際、明治期の手彩色写真の中に、カラスの着物を着る遊女の姿を見つけたことが記憶に残っているからだという。
京都西陣の匠(たくみ)の手によって織られた生地は、300年以上の長い歴史の中で革新的に進化を続けている日本が、世界へ誇るべき伝統工芸品でもある。
日本の伝統文化を現代のライフスタイルの中に見立てるということは、現代の工芸文化の中に、古来より続く考え方でもある「用(よう)の美」を見いだすことだ。西洋に憧れ、だからこそアイデンティティを振り返ることを選んだデザイナーの作品が、私たちにもう一度、日本文化の素晴らしさを教えてくれるのかもしれない。