あなたも、この旅が終わるころには同じように思うかもしれない。この写真の風景がいちばん「仁淀川らしい」と。
高知県は年間降雨量が日本一多いといわれる。その理由は、雨の日が多いというよりは、台風シーズンの集中豪雨。ふだんは清流として「おすまし顔」に見える仁淀川も、そのときばかりは見るも恐ろしい濁流となって増水する。
昔は、増水するたびに「橋」が濁流に流されていたという。しかし、人類はある発明をした。それが水没することを前提とした「沈下橋」。手すりなど余計な装飾を無くすことで、川の流れにさからわず、濁流を受け流すつくりになっているのだ。
仁淀川に数ある沈下橋の中でも、とりわけ美しいと言われているのが「浅尾沈下橋」。「あさお」ではなく「あそう」と読む。この橋を歩いて渡るだけでも気持ちがいいが、橋の下をくぐって見上げてみるのも一興ではないだろうか。
それを可能にするアクティビティがラフティング。雨でも、冬でも、3歳児でも。このあたりは川の流れがゆるやかなので、いつでもだれでもラフティングが楽しめる。コースの全長は約4km。基本的にはおだやかだか、いくつかのポイントではラフティングらしいアクションが楽しめる。その具合がちょうどいいのである。
ラフティングは「スノーピークおち仁淀川」のホームページから申し込みが可能。前日までなら間に合う可能性もあるので問い合わせてみてほしい。ここでは、実際に体験したラフティングならではの絶景を紹介しよう。
これほどたくさんの魚に出会えるラフティングはない。というか、魚の姿が見えない時間が存在しない。仁淀川の透明度が高すぎるからであるが、その種類の多さにも驚かされる。アユ、コイ、アマゴ、ナマズ……聞き覚えのある魚の生きた図鑑である。魚だけではない。野鳥の姿もあちこちで見かける。たとえば、ミサゴ。英語名は「オスプレイ」。魚を獲る直前にホバリングして翼の角度が変わるのだ。
「ラフティングとは旅である」とコーチは言う。
たとえば、ボートが走り出すとまわりの景色から人の気配が消える。パドルを漕ぐのをやめて目を閉じれば、自然の中でただひとりだけのような静寂ときどき獣の声。ユーコン川を筏でくだる野田知佑のような冒険心が湧いてくる。
たとえば、途中で上陸して岩山にのぼる。そして、約3mの高さから I can fly!大人でも完全に躊躇する高さだが、子ども向けの低い岩もある。仁淀川の水は冬でも比較的あたたかいし、ウェットスーツも貸してくれるので、飛ばない言い訳にはならない。
「あれはなんですか?」と聞くと、水力発電のダムの放水路だという。遠く離れた上流のダムからパイプがつながっており、ここで一気に落差をつけて放水。その勢いで発電する。放水がはじまると釣り人が集まることも有名だが、どうやら放水によって「水温が下がる→魚が集まる」というカラクリらしい。
これとは別の場所だが、よどみなくラフティングを先導していたコーチが慎重になった箇所がある。それは川底に人工物があるところ。自然のものは水の動きでたいていの予想がつくが、不自然なものが川底にあると水が不自然な動きをする。 それはなかなか予想しづらいものなのだという。
この放水路のそばでは鳴門海峡のような不自然な渦がぐるぐると渦巻いていた。
ラフティングといえば急流!基本的に穏やかなコースだが途中で数カ所、大きな「瀬」がある。急に水深が浅くなり流れが早くなってボートが吸い込まれていく。そして、ザワザワと滝のようになっているところを落ちていく。
アユはサケの親戚であるため、川をのぼったり、下ったりしているわけだが、このような瀬を越えてくるなんて信じられない話である。なにせ、ぼくたちのボートでさえ、下ることはできても遡ることはできないのだから。
コースの最後は浅尾沈下橋。「あ!沈下橋だ!」と遠くからでも見えて、それからどんどん近付いていったところまでは覚えているのだが、興奮していたのか、橋の下をくぐり抜ける瞬間のことを覚えていない。ぜひ、あなた自身で体験してほしいと思う。
仁淀川には「川の文化」が残っている。最近まで川漁師で生計を立てていた人がいるし、そうでなくても、住民のおっちゃんたちはあちこちで釣りをしている。彼らの頭の中ではきっと、雨が降ると水温下がる→魚が生き生きする→よく釣れるというような思考が呼吸をするように働いていることだろう。
そんな場所で育った子供たちはどうだろう。「川ガキ」と呼ばれる彼らは夏になるとカッパみたいに泳ぎだす。毎日のように泳いでいる川ならゴミを捨てる気にならないのも当たり前。なんせ、お父さんが同じ川で魚を釣ってくる。それを自分が食べることになるのもわかっているのだから。
きっと、仁淀川の子どもたちは「ボールがともだち」と言うように「川がともだち」なのだろう。泳ぐだけではなく、日常の通学途中にも自然と川を見ている。きょうは川がきれいだな、きのうより水かさが減ったな、というふうに。それだけではない。春先になればアユがのぼってきたな、稚魚がどんどん大きくなってくるな。夏になって大雨で沈下橋が沈んだと思えば、そろそろきれいな川に戻ったな、アユの姿が見えないけど流されたのかな。秋になると透明度が高くなって、アユが下りはじめたな。冬になると、いよいよ川面が凍ってきたな、と、毎日のように川を見ているのだ。だから、コーチのような川のプロフェッショナルでさえ、地元の子どもたちの理解度に舌を巻く。危険な日に危険な場所で泳ぐような子どもはおらず、今日ならあそこが泳ぎやすいというようなことが体幹としてわかっているからだ。
さて、ラフティングにおいて、仁淀川がいちばんきれいに見えるのはどんな日か。それは台風一過の青空の日だという。大雨が降ると仁淀川は増水して濁流と化す。そのとき、川底にある岩のコケ=アカが溜まっているのがすべて洗い流される。すると、濁流が落ち着いた瞬間、ぴかぴかの川底があわられる。空気までぴかぴかになるという。
「川は人間の都合で動かない」とコーチは言う。だからこそ、「川は女の子だと思って付き合っている」とも。「四万十川は?」と聞いてみると、「松坂慶子。懐が深くて色んな引き出しがある」という。では、「仁淀川は?」と聞くと。「最初は顔がきれいなだけの女の子かな、と思った。でも、付き合ってみたら気が強い面もあって、反対にたくさんの生命を育む家庭的な面もあって。隙のないアイドルみたい」と。なるほど、と唸っていると。「でも、仁淀川は俺と付き合わなくても、ひとりでもやっていけるんだろうなぁ」とポツリ。
そう言い残した言葉がとてもリアルで少しわかるような気がした。