いやー、ナメていた。
そう認めざるを得なかった。これは「洞窟探検」などではなく、完全なる「ケイビング」だ──

猿田洞は、江戸時代に発見された鍾乳洞。物珍しさゆえに当時は毎日数百人が猿田洞を訪れ、たくさんの露店も立ち並んでいた。猿田洞のガイドブックをつくって一財を成した人もいたようで、その絵図がまた興味深い。

綱渡りやなんやとまるでマリオブラザーズである。しかし、ぼくたちが落っこちたりするわけにはいかない。人生は一機しかないのだから。

とはいえ、現在の猿田洞も綱がハシゴになっただけ。約150m~230mほどのコースとなっている。そのわずかな距離を通り抜けるのに1時間ほどかかるのだから、どれだけ険しい道のりかわかるだろう。服や靴が泥だらけになることはもちろん、スマホのライトひとつで潜入して、もし落っことしでもしたら、完全なる暗闇に閉じ込められる。そうなると本当に出て来られない。だから準備は決しておこたらないでほしい。

そして、できることならば「村の駅ひだか」にいる高野コーチにガイドをお願いするべきだ。必要な装備も貸してくれるし、洞窟の歴史や鍾乳石についても詳しく教えてくれる。お問い合わせは電話やホームページ《村の案内所ひだか:☎ 0889-24-5888》から。

それでも自力で行くという冒険者は、次の2点をあらためて確認してほしい。

──その装備で大丈夫か?
ヘッドライト(両手が使えないとヤバイ)、軍手(コウモリを素手で掴める人以外はヤバイ)、長靴(お気に入りのシューズがヤバイ)、レインコート(上下にわかれてるやつじゃないとヤバイ)。ヘルメットもないとヤバイが入手困難なのでとにかく頭に気をつけて。服や体がドロドロになっても構わないとしても「ヘッドライト」だけは忘れずに。

──報告の電話を済ませたか?
洞窟の入口に電話番号が書いてあるはずだ。面倒でも「今から何人で入ります」という連絡をしておこう。それだけで洞窟で遭難したときの生存率がぐっと上がる。ちなみにトイレも済ませておこう。出口まで1時間はかかると思ったほうがいい。

1|五つ道具(ヘッドライト、ヘルメット、レインコート、長靴、軍手)を装備

猿田洞にはそれほど立派な鍾乳石があるわけではない。とくに入口付近。なぜか? この洞窟が江戸時代に見つかったからである。当時の人たちは「猿田洞に来た記念に」とめぼしい鍾乳石をポキポキと折ってお土産にしてしまったのだ。

2|足だけに頼ってはいけない。洞窟を進むときは「三点支持」を忘れずに。

両足で歩いていこうとするのではなく、もう一点、手で支えることを意識して。ときには手を突っ張ったり、膝をついて這って進まなければいけない場所もある。「ある動物」に気を取られて足元をすべらせたりしないよう、本当に気をつけて。

3|コウモリたちがあらわれた! しかし、コウモリは ねむっている!

ぼくたちが訪れた時期は冬眠中のコウモリがあちこちにぶら下がっていた。この姿ならかわいいものだが、夏場は活発に飛びまわっているという。ほかにも、ヘビやネズミ、カマドウマがあらわれた!足元には仁淀川の支流も見られ、ウナギやテナガエビ、ナマズがうじゃうじゃいるのを見た人もいる。

4|冒険の先にはカメラには写せないあなただけの絶景が!

まるで夜空に輝く星のよう。鍾乳石からじわりと滲み出した無数の小さな水滴、それがヘッドライトの光に反射して銀色に光って見えるのだ。テレビのカメラなどにはなかなか映らないそうで、肉眼でしか見ることができない奇跡をしかと目に焼き付けてほしい。金色に光る壁もある。

5|「健脚コース」に迷い込むと無限ループの可能性も

通常コースは150m。しかし、途中で分岐する健脚コースは230m。迂回して通常コースと合流するので出口は同じ場所になる。その合流ポイントを見逃すと、出口を見失って同じところをぐるぐる回ってしまう可能性があるのだ。あなたも気をつけてほしい。

ぼくは、コーチに連れられて「通常コース」を進んだだけ。それでも「ナメていた」と認めざるを得なかった。「健脚コース」はさらにハードモード。腕のリーチが届くか届かないかの壁面をボルダリングしたり、V字の谷のようなところを両手両足を突っ張って進んでいったりするらしい。

さらに、非公開ではあるが大学の探検部が攻めるような「ヘルモード」もあるという。道なき道を煙突をのぼっていくように背中で支えながらのぼったり、「産道」と呼ばれる手も足も使えないような細い穴を芋虫のように這い進んだり。全身ドロまみれになって冒険した先には「ものすごい鍾乳石が見られる空間」が広がっているのだとか。そりゃそうだ。ほとんど人間が立ち入ったことがないような場所なのだから。

ところで、猿田洞はかつて「修験者」に使われていたという。修験者とは山伏とも呼ばれ、山にこもって厳しい修行をすることで悟りを得ようとする人たちであるが、彼らは洞窟でも修行をした。そこにはどんな意味があったのだろう。

それは、ケイビング中にヘッドライトの明かりを消してみるとわかるかもしれない。どれだけ時間が経っても目が慣れることは一切ない。目を開けているのか、閉じているかもわからなくなり、目を開けたままでも寝られそう。こんな場所に長時間こもっていたら、幻覚が見えたり、幻聴が聞こえたりしそうだ。修験道の人たちはそのような状態に自分を追い込んでいたのかもしれない。

石鎚山を源流として広がる仁淀川のように、石鎚山を本山として広がる修験者たちの修行の場。横倉山の馬鹿だめしや、聖神社もそう。ある意味ではアウトドアのプロフェッショナルであった彼らにも話を聞いてみたかったものである。

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