清流が流れる音ではない。これが「もろみの音」。米から酒へ発酵している音である。

「プチプチ」と静かに音がするイメージであったが、むしろ、ダイナミック。タンクの底のほうから「みずみずしい音」がする。こうして一ヶ月ほど発酵させたもろみを絞り取ると「原酒」になる。が、そこで終わりではない。

「純米吟醸 雪室三年貯蔵」は搾った原酒を三年間ものあいだ雪室の中で熟成させる。

雪室とは、雪国ならではの冷蔵庫。おもに野菜を保存する伝統文化であるが、ここ「八海山雪室」では、お酒の熟成に活かされている様子を見ることができる。

八海山雪室では、毎年、冬になると裏山から雪を持ってくる。その量なんと1,000トン。徐々に溶けていくが一年は持ち、年間を通して約4℃の温度をキープできる。むろん、空調はなしだ。雪の力はすごい。雪室の中は温度も湿度も一定かつ、電気の振動もない、お酒にとって何のストレスもない環境で熟成させることで、日本酒のカドがとれて「まろやかな味わい」になるというのだから。

まろやかな味わいとは、どんな味わいなのか。続きは、飲んでみるしかない。

最後に、八海醸造の蔵人たちがもろみの完成を祝う「酒造り唄(さけつくりうた)」を聴いてほしいと思う。


住所:南魚沼市長森459
電話:025-775-7707
URL:http://www.uonuma-no-sato.jp/facility/yukimuro

──日本酒が長い眠りにつくための理想の環境とは?
八海醸造・南雲さんのインタビューに続く↓


──「純米吟醸 雪室三年貯蔵」はどんなお酒ですか?

雪国は冬になれば、2mも3mも雪が積もる。この「雪の冷熱」を利用して酒を熟成させるというのは、ここでしかできないことだと思っています。酒を造るのは蔵人ではあるけれど、広く言えば自然や、この地域の文化、風土に支えられて我々は酒造りをさせていただいてるわけです。だから、そういった魚沼ならではのお酒をつくることで、お客様に魚沼を感じてほしい。とくにこの商品は「魚沼の冬」を感じてほしいと思っています。

──雪国の人たちは昔からお酒を雪室の中で寝かせたりしていたのでしょうか?

どうでしょう、あったかもしれないですね。はっきりしたことは私からは言えませんが、この地に住み着いた人たちは昔から雪に生活を脅かされながらも、雪を利用して生活してきました。たとえば、雪解け水が大地を潤して米や野菜を育て、地下に潜って酒造りの原水として湧き出ていたりする。この商品だけではなく、雪の降る環境こそが八海醸造の酒造りの根本にあると思います。

──雪室で日本酒を寝かせることで、どんな変化が起きるのですか?

「低温で熟成させる」という意味では「冷蔵庫も同じじゃないか」と言われるかもしれませんが大きな違いがあると思います。冷蔵庫というのは設定温度より上がれば電気が入るし、下がれば電気が切れる。温度が頻繁に揺れ動くんです。でも、雪は自然のもの。雪室も年間の温度変化はあるにせよ、冷蔵庫よりも圧倒的に長い時間をかけて温度が動く。そこに違いがあるわけです。

──温度変化がゆっくりである、と。

それと「湿度」も。だから、酒にストレスを与えずに熟成させることができます。たとえ話になりますが、人間は睡眠するじゃないですか? 眠りが深いとか浅いとか言われますけど、ようは安心して休めることが睡眠でいちばん大事なことだと思うんです。酒の熟成においても、なめらかな温度変化によって安らぎの中でゆっくりと熟成が進んでいく。これは言葉の表現力でものを言っているようですが本当に違うと思います。

──はっきりと味の違いが出てくるんですね。

まるみが出て、味わいも変わってくる。「まろやか」というのは、カタイとか、トゲトゲしいとか、そういったものとは違うわけです。「よくできた人」ってトゲトゲしくないですよね。口あたりとして滑りがよくなるだけでなく、酒を口に含んだときに「雪室における熟成の時間」を彷彿させるような、そんな酒になっていると思います。

──雪室では水を加える前の「原酒」を寝かせるそうですが、原酒でなくてはならないのですか?

日本酒において「熟成」という言葉の裏側は「劣化」です。酒は常に変化していますが、アルコール度数が低いと熟成というより劣化の方向に変化が進みやすい。だから、アルコール度数の高い状態=原酒で熟成させる。それが一般的な熟成のやり方なんです。

──ということは、買ったお酒をやみくもに保存しておいても熟成とは言えないのですね。

本来の味と香りのバランスが崩れることもあると思います。ただ、もともと酒は嗜好品です。私が「美味い」と言っても、ある人は「駄目だな」と言うのはあってしかり。万人が美味い酒なんて私は聞いたことがありません。だから私が「劣化だなぁ」と言った酒をあなたが「熟成しているなぁ」と言ってもなんら問題ない。ましてや自分で大切に寝かせて飲んだ酒は説得力があるんじゃないでしょうか?

──この雪室ができたのは2013年。「純米吟醸 雪室三年貯蔵」の発売は2016年。完成した瞬間というのは、どういうシーンでしたか?

熟成期間中に「呑切り(のみきり)」といって酒の熟成がどのくらい進んでいるかを試飲して確認します。「まだちょっと若いなぁ、もう少しまろやかにしないと私たちが狙った品質にならないなぁ」とか、ね。そうやって、三年目に「ここだ」っていう求めていた品質を実感して「これならば魚沼の冬を感じてもらえるな」と思いました。そのあと「雪室五年貯蔵」を出そうとしたのですが、三年と五年とでは、そんなに違いが出なくて、あらためて雪室の環境の良さに驚きました。今後、八年を出すのか、十年を出すのか、そのあたりはこれからまた試飲しながら決めていこうと思っています。

──今成漬物店で聞かせてもらったお話と少し重なるように感じます。

あ、今成さんとこ行かれましたか? たぶん今成さんも漬かり具合を見ながら漬物づくりをしているはずです。

──八海醸造さんの酒粕を使わせていただいている、とおっしゃっていました。

うちの酒は「普通酒」も「特別酒」もすべて吟醸造りなんですよ。品質の高い酒造りをしようとすると必然的に酒粕の歩合が高まる。昔から「酒粕がいっぱい出るような酒造りをしないと良い酒は出来ない」と言われていて、その通りなんです。その中でも純米にこだわった最高品質の酒粕を使っていただいているのだと思います。

──人は、どうしてこんな豪雪地帯に住み続けてきたと思いますか?

「私たちはここで生まれてここに住んでいる」ってこと以外にないんじゃないでしょうか? それを言うなら、「鮭はどうして信濃川に戻ってくるのか」と言うのと同じで「定め」があると思うんです。今の若い人たちは華やかで暮らしやすい都会に流れていったり、逆にあえて都会からこっちに移住してくる人もいます。私はそういう人たちとも違うというか、あらためてそんなことを考える必要もなく「自分の住みどころはここだ」と生まれたときから思っています。こんなに雪の降るところ、今でこそ「利雪」とか言っていますが、昔は苦しみ以外になかったと思います。でも、半年間も雪に埋もれながら耐え忍んで、ようやく春、山の稜線に緑が芽生えてくる。あの息吹を目にしたときの喜び。これはね、言葉では言い表せないです。

──その山の稜線とは、どこのことですか?

私はいつも雷電様の上にある「藤原山」を見てそう思います。藤原山というのは正式名称ではなくて、私が勝手にそう呼んでるんですが。そこの尾根というか稜線に生えている「ブナの木」が、まず最初に芽吹いて緑になるんですよ。そうすると、なんとも言えない「待ちに待った季節がやってきた」という感覚になるんです。

──その光景をとても見てみたくなりました。最後に、この雪国でどんなことを永久に受け継いでいきたいと思いますか?

私たちはいつも言っていますが「終わらない会社」を目指しています。今のような豊かな地域を築き上げたのは先人たちです。私たちは先人たちが積み上げてきた努力と知恵に魅力を感じて「ここが住むところだよな」と体で実感しているのだと思います。だからこそ、酒造りを通じて魚沼の産業や文化を高めていく責任もあると思うんです。

──そのひとつが「雪室」だったりするわけですね。

ましてや、うちは「八海山」という山の名前を頂いています。この地域を一体とした生業をさせてもらっているわけですから。

人はなぜ、 これほどの豪雪地帯に 住み続けてきたのか?


それは、冬の苦しみを耐えたぶんだけ、春の喜びが大きいからかもしれない。

雪の効能として、ひとつ驚いたことがある。あなたも気になったのではないだろうか。「八海山雪室はなぜ黒いのか?」そう聞いたときに、こんな話を聞かせてくれた。

「実は、雪を入れた当初は真っ白なんです。けど、雪が目に見えないチリやホコリを吸いとっているので、溶けると黒色になっていく。だから、雪国の冬は空気がきれいというのも、雪が降るからこそ。雪が空気中の汚れを吸い取ってくれるからなんです。それもあって酒造りに適した時期として冬が選ばれます。“寒仕込み”といって大吟醸に適した時期が雪の時期なんです」

昔は今ほど空調設備が整っていなかったので、雪が空気中の雑菌を吸い取ってくれるという効能を利用したのだ。それに、もしかすると、雪は“しんしん”と「音」までも吸い取っているのかもしれない。

さて、南雲さんが語ってくれた「藤原山」の稜線を見るには「Ⅱ」で紹介した「雷電様の水」を目指してほしい。到着する直前に真正面にあらわれる山が「藤原山」である。

雷電様の水は欅苑の米作りだけではなく、八海醸造の酒造りの原料水にもなっている湧き水だ。そこで、この旅はもう一歩、藤原山に踏み込んで近づいてみよう。危うく見過ごすところだったが、ぼくたちは、その風景の美しさに立ち尽くした。

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