お寿司なのに、この不思議な音。いったい、どんなお寿司が出てくるのだろう。

一貫、一貫に、そんな期待を抱かせてくれるのが「龍寿し」。寿司屋といえば、海の近くにありそうなものだが、龍寿しは山奥にある。

物流の進化によって山奥=雪国でも新鮮な大トロが食べられるのは、もはや当たり前である。が、それだけではない。「雪の中で熟成させたブリの握り」「まるでアワビのような椎茸の握り」「わさびの代わりに山菜を薬味にしたお寿司」など、雪国でしか食べられないお寿司が味わえるのだ。

一方で、店主の佐藤さんは「しゃりに合わない素材は使わない」と言う。

「寿司は酢飯を食べる料理だ」とも言われるが、龍寿しは「魚沼産こしひかり」を使っている。それならさぞかし美味いだろうと早合点しそうなものだが、実は、白いごはんはともかく、寿司屋がしゃりに魚沼産こしひかりを使うところは珍しい。モチモチと粘り気のある魚沼産こしひかりは、パラパラとほぐれやすいことを理想とするしゃりとは、あまりに対極に位置するからだ。

佐藤さんも一度は魚沼産こしひかりをあきらめた。しかし、理想のしゃりを追い求めて試行錯誤を続けた結果、一周まわって、魚沼産こしひかりに戻ってくることになった。それは、なぜなのか。

ここでしか食べられないネタはもちろん、ここでしか食べられないしゃりにも味覚を伸ばしてほしいと思う。


住所:南魚沼市大崎1838-1
電話:025-779-2169
予算:昼2,000円〜 夜6,000円〜
URL:http://www.ryu-zushi.com/access.html

いかにして「魚沼産こしひかり」のしゃりに辿り着いたのか。
──龍寿し・佐藤さんのインタビューに続く↓

──佐藤さんにとって「A級グルメ」とは?

A級グルメは「永久に残したい味」ということなので、地元の良い食材を使って後世に残る味を作っていきたいなと思ってます。

──このしゃりはどのあたりがA級なんですか?

しゃりは寿司の土台です。ネタも大事なんですけど、より重要なのはしゃりなんじゃないかと思います。うちで使っている米の半分は「魚沼産こしひかり」。魚沼産こしひかりは白ごはんで食べると美味しいですが、寿司の場合、魚沼産こしひかりだけだと合わないんですよ。米の表面上の粘りが強すぎて。その粘りを緩和するために地元の「こしいぶき」をブレンドしてるんです。自分的にはそれがすごく寿司に合うんじゃないかと思っていて。

──現在のしゃりに行き着くまでにいろんな試行錯誤があったかと思いますが、最初はどんなしゃりだったのですか?

父親の実家が農家でこしひかりを作っていたので、最初はそれを使っていたんです。ただ、カウンターのお客さんが寿司を食べていたときにクチャクチャする音が聞こえたことがあって。「しゃりが粘りすぎてるんじゃないか」と思ったんですよね。それからしゃりにもっとこだわろうと、いろんな米を取り寄せて研究したんですが、その当時はまだ私の頭の中で「魚沼産こしひかりは粘りすぎてダメだ」という印象が残っていたので、地元の米は使わずに試行錯誤していたんです。でも、なんか、しっくりこなくて。あるとき地元の方に「うちのこしひかり、使ってみる?」と言われて。使ってみたらその米はしっくりきたんです。よくよく聞いたら「魚沼産こしひかりでも、有機質の肥料をいっぱい使うと表面上の粘りは減って粒がしっかりしてくる。なおかつ噛んだときに粘りが出るようになるんだよ」って教えてくれて。じゃあ、掛け合わせをどうするかって詰めていったときに、この辺のこしいぶきを混ぜてみると一番しっくりきた。そんな感じなんですよね。

──土地の不思議ですね。一周まわって地元の米の掛け合わせがベストだという答えに辿り着くなんて。

あとはそれを一年間、低音貯蔵庫で寝かして古米にしてから使ってるんですよね。新米だとまだちょっと粘る感じがします。なので、前年の9月に収穫したものを翌年の6月から7月ぐらいに切り替えていく。それができるのも魚沼産こしひかりだから。ほかのこしひかりの粘りは翌年の3月を過ぎるとガクッと落ちるんですが、魚沼産こしひかりは時間の経過とともになだらかに落ちていく。粘りは粘りで落ちすぎてもいけないので、魚沼産こしひかりがちょうどいいんです。

──コハダや大トロなども美味しいですが、椎茸のお寿司なんてはじめて食べました。山奥のお寿司屋さんならではですね。

めちゃくちゃ大きい椎茸で癖がないんですよね。実は、私は椎茸が嫌いなので(笑)。それを知っていた同級生が「これだったら食べられると思うよ」と言って持ってきてくれたのがキッカケでした。食感がアワビに似ているので切り方もアワビに似せています。

──椎茸のお寿司が食べられるのは11月〜4月。5月から10月は何がおすすめですか?

5月、6月であれば、山菜を薬味にした握りがあるんですよ。ヒラメの薬味を「せり」にしたり、甘エビの薬味をふきのとうにしたり。あとは「ニシバイ」という新潟のバイ貝があるんですけど、それの薬味をウドにしたり。

──山菜を使ったお寿司というのも雪国ならではかもしれませんね。

椎茸の握りはうちでしか食べられないと思うんですけど、もっとこの辺でしか食べられない寿司を作りたいなと思ったんです。それで山菜を薬味に使ったらどうかと思いついて。実は、この辺は「わさび」も作ってるんですよ。これはお客さんに言われて作ったんですけど、魚沼わさびの茎を醤油漬けにしてあって、それと一緒にトロを巻いてみるとすごく合います。あとは、「糸瓜」って野菜を知ってます? 糸瓜とまぐろと一緒に巻くんですけど、大量に糸瓜を使わないとシャキシャキとした食感にならないんですよ。それもこの辺でしか食べられない品で、お客さんには評判がいいですね。

──どうしてこの辺の山菜の魅力に気づくようになったんですか?

うちのお客さんで埼玉で天ぷら屋さんをやってる方がいるんですよ。その方のお店に食べに行ったときに思ったんです。もう60歳をすぎている方で、天ぷらの技術はさすが。すごく美味しいんですけど、山菜の天ぷらが出てきたときに香りが薄かったんです。「こっちの山菜は香りが強くて味が濃いんだな」と、そのときわかったんですよね。なにか上手く使えないかなって漠然と思いはじめて。

──香りが強くて味が濃い。

うまみが強いんでしょうね。なので、今はよそと比べたときに、うちでしか食べられないものをなるべく提供したいなと思ってます。地元の素材を使っていれば、そこに行かないと食べられないわけじゃないですか。魚介も同じです。新潟はイカがいいと思うんですよ。夏だとアカイカ、秋だとアオリイカ。冬はブリ。雪のなかで二週間ぐらい埋めて熟成させたブリを使っています。もちろん魚種によっては県外から自分がいちばんいいと思うものを仕入れています。

──太刀魚のポワレの音を聞かせてもらいましたが、どういうお寿司ですか?

あるとき、失敗したんですよね。焼きすぎてカリカリになっちゃったんです。でも、食べてみたらそっちのほうが美味しくて、まるっきり別のものみたいな味になったんです。そのときから皮を焦がして握りにしてるんですよね。あとは、最初は長い一枚の太刀魚を乗せていたのを半分に切って重ねるようにした。そのほうが食感的にも厚みがあるし、持ったときに崩れにくいんです。

──試行錯誤が続きますね。寿司の世界に「完成と言えるもの」はあるんですか?

そう言われるとないかもしれないですね。今はこれで良いと思っていても、新しい何かが入ってくるとこっちのほうが良いと気づいたりしますから。うちの店はわりと広範囲から来てもらってるので、その距離を上回ることをしていかないと。たとえば、うちでしか食べられない山菜を使った寿司を出していくこともそうですが、常に進化はしていきたいと思っています。

──海外のお客さんも増えていますよね。

台湾のお客さんだったかなあ……スマホで日本語に訳した文字で「またお会いしましょう」って画面を見せられたときはグッとくるものがありましたね。同じ寿司屋でも東京では食べられない味と出会えると思うので、ぜひ雪国に来ていただければと思います。

人はなぜ、 これほどの豪雪地帯に 住み続けてきたのか?


それは、食としての完成度を高めるほど、地物のかけあわせがベストであることに行き着くからかもしれない。

どうしてこんな山奥に寿司屋があるのかと聞いたとき、佐藤さんはこう言った。

「二代目だからですかね。父親の代にオープンしたのですが、当時は『龍谷寺』の目の前にお店があったんです。だから『龍寿し』という名前なんです」

現在の龍寿しからそう遠くない「龍谷寺」も立派なお寺であったが、もう少し先にある「滝谷の清水」を訪れてみるのもいいだろう。佐藤さんもかつて、その湧き水を料理に使っていたという。

「雷電様の水」だけではない。雪国ではあちこちで美味しい湧き水が湧いている。滝谷の清水もまたかなりの美味しさだったので確かめてみてほしい。

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