雪国を旅する拠点「越後湯沢駅」から徒歩40秒。足湯の温泉が流れる音が聞こえたら、そこが「むらんごっつぉ」だ。
「遠くから新潟を訪れてくれたわけですので、この土地でしか食べられないものをお出ししたいと思っています。たとえば、煮しめ」そう語り出したのは料理長である桑名さん。
「煮しめ」と聞いて、筑前煮のようなものを想像した。しかし、目の前に出された煮しめは混沌とは対照的に澄みきっていた。人参、高野豆腐、車麩、蒟蒻、大崎菜。どれも味がよく染みていそうなのに、切り口は切りたてのように美しく、赤も緑も色鮮やか。聞けば、それぞれの特徴を引き出すために、ひとつひとつの具材を別々に煮ているという。
しかも、秘密はそれだけではなかった。出汁にはなんと「温泉水」を使っているというのだ。
ところで、「むらんごっつぉ」とは、どういう意味なのだろう?
※煮しめが食べられるのは朝ごはんのみ
朝ごはん営業時間
7:30〜9:30(LO9:00)
住所:南魚沼郡湯沢町湯沢2455
電話:025-784-3361
予算:2,000円(税別)
URL:http://murangozzo.com/breakfast/index.html
雪国出身ではない料理人だからこそ気になる郷土料理とは?
──むらんごっつぉ・桑名さんのインタビューに続く↓
──桑名さんにとって「A級グルメ」とは?
お客さんの心に響かないと永久に残すことはできないと思っています。「煮しめ」はお客様が来たときの「ごちそう」で振る舞いの料理のひとつ。各家庭によって味も煮るものも違ったりするんですが、お客様をもてなす心が詰まっているのは、どこも同じではないかと思います。この地では当たり前だけども、遠くから来た人に教えてあげたい味です。
──「むらんごっつぉ」は「村のごちそう」という言葉の方言なんですよね。
実をいうと、自分はこっちの生まれじゃないんです。でも、奥さんが新潟の人で。お義母さんが出してくれた「煮しめ」が初でした。こっちはお醤油の文化が強いんですが、見た目はほんとうに地味。茶色いものばっかりなんですよね。でも、味がすごい染みてて。車麩とかこっちでしか使わない食材があったり、大豆をつぶして「打ち豆」にして煮物に入れたり。なんでわざわざ大豆をつぶすんだろうというのも不思議でしょうがなかったですね。聞いてみたら「この辺では当たり前だよ」って、それしか言わないんですよ。なんか、そういうところに、この土地のいいところがいっぱいあるんだろうなという思いがありまして。
──それから色んな「煮しめ」を食べたのですか?
それこそ、おばあちゃんが作る煮しめっていうのは、ものすごい大皿にいろんな具材が入ってるんですよね。里芋、大根、人参、蒟蒻、山菜も入ってたり。そういうのが伝統なんでしょね。それこそ、結婚前の顔合わせだったり、結納だったり、そういう場面にも出てきました。でも、今の時代、煮しめのような料理を作る人が減ってるんです。うちの女将さんなんかは作ったりもしますが、作り方も各家庭でかなり違う。こういう料理ってレシピがあるわけでもないし教科書にならないんですよね。
──欅苑で「のっぺ汁」をいただいたのですが「煮しめ」とは違うものなんですか?
のっぺ汁、または、のっぺ煮。このふたつも微妙に違うのですが、定義は一緒で新潟の郷土料理です。のっぺりとした「とろみ」が特長ですが、煮しめとは味付けも入る食材も調理法も違います。
──はじめて「煮しめ」を食べる人にどんなことを感じてほしいですか?
たとえば、自然のうまみ。うちは出汁にこだわっていて、化学調味料などは使わずにちゃんと出汁を取っています。昔の時代は化学調味料もなかったわけで、そういう部分も再現できていると思います。
──出汁に「温泉水」を使っているんですよね?
温泉水といっても「超軟水」なんです。pH値が8.9だったかな。超軟水を出汁に使うと昆布やカツオ節のうまみが出やすくなります。いわゆる「温泉のにおい」もないので使いやすいのですが、温泉水を出汁に使っているところはあんまりないと思います。野菜を温泉で湯がいたりする温泉地はありますが、飲料としても使える温泉自体が珍しいんです。
──その出汁で一気に煮込むのですか?
実は、具材ごとに煮方を変えているんです。味付けも違います。たとえば、人参は甘みが強いじゃないですか。なので、甘み成分をちょっと控えめにして煮ています。みんな一緒に煮てしまうと、味も一緒になって、人参臭さみたいなものも移ったりしますから。火の通り方もみんな違いますよね。
──高野豆腐も入ってますね。
高野豆腐は、一度油を通すんですよね。油を通してから炊くことによって、より出汁が染み込みやすくなる。車麩はお湯で戻す。水ではなく、お湯で戻したほうがグルテン質の粘りがよく出るので、しっとりとした食感に仕上がります。高野豆腐や車麩のような、食材自体にうまみが少ない素材に関しては、いかに出汁をギュッと染み込ませるかを考えて煮ています。お口に入れるとその出汁がじゅわっと出るのが特徴ですね。
──具材は季節によって変わるんですか?
秋になると「手作り蒟蒻」が手に入るんです。地元の蒟蒻芋で作るんですが、すごくなめらかな歯ごたえの蒟蒻ができるんですね。あとはこの大崎菜。地元の菜っ葉で時期的にはもう終わりに近づいているんですが、これから「とう菜」がはじまりますので、ちょうど切り替えようかというタイミングです。
──人はなぜ、これほどの豪雪地帯に住み続けてきたと思いますか?
最初に言いましたけど、自分は雪国の生まれではないんですよね。正直なところ、きっかけはウィンタースポーツが好きで来たんですけども、それが生活となるとやっぱり話が違うわけです。来た当日に「もう帰りたい」と思うぐらいに大変でした。でも、それから20年も経って今ではこっちに家を買って住んでるんですね……なんでだろう(笑)?
──なんででしょう(笑)?
こっちは四季がハッキリしています。雪の降らない地域だと「1月は寒いなぁ、冬なんだなぁ」というぐらいの感覚じゃないですか。雪国では冬になると一面が銀世界になります。それから4月になると雪が解けはじめますが、まだ草木は生えてこない。でも週を追うごとに芽が出てきて……不思議なんですよね。草はみんな枯れきっているのに、春になるとまた新芽が出てくるんですから。どんどん緑になっていって山も気づけば真っ青に。秋になると真っ赤になって。「それが雪国のいいところなんだよ」って奥さんに教わったのですが、その通りだと思いますね。
──料理においても外から来た人間だからこそ気がつくことがありそうですね。
こっちのお赤飯って知ってますか? ふつうのお赤飯ってピンク色で小豆があって、ごま塩をかけて食べるものが主流じゃないですか。でも、こっちのお赤飯は「おこわ」に近いようなお醤油ごはんなんです。そこに「金時豆」という小豆の5倍ぐらいの大きさのお豆がちょんちょんちょんっと入っていて。味がぜんぜん違うんですよね。ほかにも、大根の葉っぱを炒めた「菜飯」という郷土料理があります。大根は葉っぱが残るので、それを炒めてごはんのお供にする。どの家も菜飯って呼ぶけど味付けが違って、まさに家庭の味なんですよね。「煮菜(にいな)」もそう。秋に採れた野沢菜を各家庭で塩漬けにして冬の保存食にするんです。が、樽にいっぱい漬けるもんだから、時間が経つとだんだん悪くなってくる。というか、乳酸発酵して酸味が出てくるんです。そうなっても捨てるのではなく、今度は炒めて別の食べ物にするんですよ。それが「煮菜」で、これもご飯のお供になる。
──冬の保存食を余さず食すための工夫。まさに食文化ですね。
そういう料理は、やっぱりレシピがないわけです。自分も食べてみれば「こうすれば似たような味が作れるだろうな」とは思うんですけど、自分が作るよりおばあちゃんが作った方が美味しいんですよね。塩梅というか、なんかちょっと萎びれた手で作る味わいというのは、プロの料理人では出せない味。そういうのって、あるのかもしれませんね。
それは、春の喜びだけではなく、四季で移り変わるすべての風景に魅了されてきたからなのかもしれない。
桑名さんは八海山のふもとに住んでいる。家の窓からは日々、季節の移り変わりを見ることができ、「春になると芽吹いて、夏になると真っ青になって、秋になると紅葉がはじまって、冬になると雪が積もる」そんな変化が山の様子ひとつでわかるという。そして、その風景が「きょうの一品」に季節のアイデアを加えさせるのだ。
その窓からの風景に近いものが「トミオカホワイト美術館」のまわりで観れるという。ぜひ付近を散策してみてほしい。
ちなみに、むらんごっつぉには雪室展示があるのだが、こんな話を聞かせてくれた。
「冬は氷点下になることもあるんですよね。だから、雪の上に放ったらかしだとみんなカチコチに凍っちゃうんです。この辺では “しみる” って言うんですが透明になっちゃうんですよ」
「野菜を外に出すなら毛布をかぶせろ。そうしないと“風邪引いちまうぞ=凍っちまうぞ”」とも言うらしく、そんな雪国の言葉づかいもまた知れば知るほどおもしろいと思うのだった。