迷ったら「まつえんどん」。ぼくなら、そうする。

いろんな「雪国A級グルメ」を紹介してきたが、ここは「東京」ではない。営業日が限られていたり、昼食のみであったり、予約や宿泊が必要だったり。「今から食べたい!」と思っても、その一品が食べられない場合もあるだろう。そんなとき、まつえんどんを覗いてみてほしい。

基本的に日曜日でなければ開いていて、ランチでもディナーでも「ごはんとお惣菜」が食べられる。それも、地元の食材をふんだんに使った約10種類もの料理をおなかいっぱい食べられる。それでいて、お財布にまでやさしいのだから。

料理人である三輪さんは「農家のこだわりを生かした料理を」と言うのだが、それもそのはず。三輪さんは料理人でありながら、農業もやっている。生産者のことを知りたいと思う料理人は多いが、ほんとうに農家になる人はどれだけいるだろう。三輪さんは実際にそうしているのだ。

人は自分が住んでいる土地の物を食べるべきだと言われる。が、わかるようで、わからなかった。しかし、三輪さんに聞いてみると、実に農家兼料理人らしい言葉で答えてくれた。

「お米が飲んでいる水と自分たちが飲んでいる水が一緒ですからね」

さぁ、玄米が炊ける音がする。きょうはどんなおかずが食べられるのだろう?

※2020年1月より「岩原まつえんどん」として湯沢町へ移転
住所:南魚沼郡湯沢町土樽252-2 ピステ湯沢2F
電話:025-787-1538
予算:1,000円〜
URL:http://miwanouen.net./iwappara.html

米農家でもある料理人が考える、ごはんに合うおかずとは?
──まつえんどん・三輪さんのインタビューに続く↓

──三輪さんは雪国育ちではないんですよね?

生まれは石川県なんですが結婚がきっかけでこっちに来ました。それまでは金沢で料理人をやっていたんですが、そのころは農業があまり身近ではなくて。食材は基本的に買うものというか、業者さんが卸してくれるもの、という認識でやっていたんです。でも、やっぱり生産の現場というのをこの目で見て、感じたいというのはずっと思っていて。

──農業のことをもっと知りたい、と。

料理をするからには「食材をどう扱えばいちばん生きるのか」を理解していないといけないと思っていたんです。結果的に米農家に嫁ぐことになって、最初は農業に専念するつもりだったんですけど、「料理がしたい」という思いも捨てきれなくて。だからといって「店をやりたい」とか、そういう話は家族にもしていなかったんです。でも、漏れ出ていたのか、それをお義父さんがキャッチしてくれていて。「料理したいなら、この場所で何かやる?」と言ってくれたので。最初はお弁当屋さんをはじめたんです。お弁当屋さんをやっているうちに、せっかく恵まれた環境にいるのだから、いいものを揃えたい、本物を揃えたいと考えるようになっていって。

──「いいもの」ってどういうものですか?

この辺の人たちは自分でいい野菜やいいお米を作っていますよね。でも、それを自分たちであまり消費していなくて。お漬物を作ったりはしてるんですけど、意外とお年寄りもジャンクなものが好きだったりとか(笑)。この辺のごはん屋さんに行っても、せっかく「南魚沼産こしひかり」を育てている土地なのに、他県の安いこしひかりを使っていたりとか。それなら、私は地元のいい素材をふんだんに使って発信していきたいと思ったんです。美味しいもの、身体にいいもの、ちゃんとしたごはんを食べてほしい。化学調味料や食品添加物が入ったものは使わないことを大前提に、この地域で採れる食材をどうやったらおいしく食べられるかということをずっと考えています。

──まつえんどんの料理は、地元の人への提案でもあるんですね。

近所のおばちゃんも連れ立って来てくれるんですが、ここにある郷土料理的なものを見て「うちはこんなふうに作る」とか、そういう会話をしているのが聞こえるんですよ。そういうのがすごく嬉しいです。

──生産の現場を知りたいと思う料理人にはたくさんいるかもしれませんが、実際に農家になった人は珍しいのでは?

やってみると、当たり前ですがすごく大変で。お米でいえば、腰はめっちゃ痛いし、稲刈りのときは粉が舞ってくしゃみが止まらないし。でも、どうやって育てるのかを知りたいだけなら検索すればいいんですけど、料理もそうですがレシピ本でレシピを見るのと、実際に作るのとではやっぱり違う。「分かる」ということの中には、自分で手をかけることで生まれる素材への「愛しさ」というのも含まれていると思います。

──料理にも変化は生まれましたか?

それこそ、触りかたから変わってきます。カブはどう持てばいいのか、米はどう持てばいいのか。こう扱ったら、こう美味しくなるというのは実感として持てるようになりました。あとは山菜でも下処理が終わったものを買うことが多かったんですけど、今は自分でやるしかありません。そうやって、この地方ならではのものに触れる喜びはありますね。

──ぼくなんか、しばらくお米を触っていないような気がします。

白米と玄米でも違いますよね。農業をやっていると、圧倒的に玄米を触ることの方が多いです。なにも両手で掬いあげる必要はないんですが、なんとも言えない「かわいい感じ」がありますよ。

──そろそろ田植えの時期ですよね。

去年のお米から種を採って、それを発芽させて、苗にして植えて、稲刈りをする。その繰り返しなんですよね。何年も繰り返していますが、同じことをしているようでも、毎年違うんです。米作りは1年に1回しかできないので、体験学習しながら、毎年違う育て方もやってみるんですけど、これはもう永久に終わらないんだろうなと感じるんですよね。すでに味は美味しいんですけど、もっともっと美味しくしようと、毎年みんなで家族会議をして、こうしよう、ああしよう、というのを繰り返して。どんどん田んぼも広がっていくし、年々良くなっていくのが楽しいです。

──他のお米と比べて、まつえんどんのお米はどこが違うと思いますか?

細かいことを言えば、粒が大きくて、ハリがあって、ツンと立っています。口に入れても混ざらないというか、一粒一粒がはっきりと分かる。炊き方にもよりますが、私はそう思っています。田んぼでいえば、株と株の間をなるべく詰まらないように植えているんです。他の農家さんだと、たくさん収穫するために狭く植えていたりするんですけど、それだと稲が倒れやすくて味が落ちてしまいます。それもあって、うちは数量はあまり穫れなくても、あえて間をあけて植えるようにしています。

──三輪さんのお米は贅沢な育ち方をしているんですね。

そういうところも、毎年、工夫しながら。もうちょっといけるんじゃないかと、試行錯誤を続けています。

──「ごはんに合うおかず」を作るために意識されていることは?

いろいろなおかずをバランスよく作ることです。煮物、漬物、サラダ系のさっぱりしたものから、ちょっと味の濃いものや、ごはんの上にのせて食べられるものとか。さっぱりしたものだけでもご飯が食べづらいし、こってりしたものばかりでも嫌になってしまいますよね。うちは昼食でバイキングをやっているので、10種類ほどお惣菜を用意しています。

──いろいろな季節の食材を使いこなせるのは農業をやっている料理人だからこそですね。

この土地で穫れるもの、その季節で穫れるもの。それを美味しく食べるのが自然なことなんじゃないか。それでいいんじゃないかと思うんです。もちろん、この辺にはないお肉やお魚を食べたければ、それは買えばいいと思いますし、うちもそうしています。でも、この土地にある食材は、この土地のものを食べればいいんじゃないかと思うんですよね。

──この辺のレストランがわざわざ他県のこしひかりを使うのはどうしてなんですか?

安いからです。原価を抑えたい気持ちは私にも分かるんです。でも、ここにいて他県のこしひかりを使うことは、やっぱり不自然なことだから、それはしたくないです。

──地元の食材をあらためて食べてもらうことで、「本当はこんなに美味しいんだよ」というメッセージを発信しているんですね。

うちはそんなに難しい料理を作っているわけではないんですけどね。ふつうのお惣菜ばっかりです。それでいいんじゃない?と思うんです。


──人はなぜ、こんな豪雪地帯に住み続けてきたのでしょうか?

私は金沢にいたころより、すごく体調もいいし、楽しい。金沢の方が娯楽は多いですが、「あ、芝桜が生えてきたね」とか「つつじが生えてきたね」とか「あの家の大根はもう採れるね」とか、そういうことだけでも楽しいんです。歳のせいかもしれませんが、そういうことが自然に受け入れられて住みやすいな、心地いいなと思います。

──ぼくたちも、ここのところ1ヶ月半おきぐらいに雪国に来ていますが、来るたびに全く景色が変わっていて驚きます。

私たちにとっては毎年同じことの繰り返しではあるんですけど、それがすごく大事なことに思えてきて。ここに住んでいると、気候や天気の話題が生活の中心になっています。昔はそんなこと全然気にしていなかったんですけど。

──「雨だから稲刈りは明日にしよう」とか、そういうことがあるからでしょうか。

たしかに、農業をやっているからというのはあるかもしれない。それも、みんなが。ちょっとした家庭菜園だったらこの辺の人はみんなやっています。土地の人々に農業が根付いているから、気候に敏感なんだろうなと思います。

──外から来た旅人にはどんなことを感じてもらいたいですか?

いちばん感じてほしいのは、お米の味の違いです。おかずに関しても、違う土地の食べ物はすごく楽しいと思います。雪国の春は山菜が豊富ですが、ウドひとつにしても、きんぴらだったり、天ぷらだったり、今回はカレーにも入れていますけど、いろいろな食べ方があるんです。いろいろなおかずを美味しく楽しんでほしいなと思います。

──まつえんどんに来るたび、お腹がいっぱいです。

ごはんとお惣菜を食べて「また雪国に来たいね」と思ってもらえたら嬉しいです。たまに、お米を買って帰ってくださる方もいるんですが、そのときは「やったー!」という気持ちになります。うちが農家としていちばんこだわっているのはお米ですから、やっぱりそれを認めてもらえるのがいちばん嬉しいですね。

人はなぜ、 これほどの豪雪地帯に 住み続けてきたのか?


それは、みんなに農業が根付いているため、みんなが共通の話題を持てるからかもしれない。

「まつえんどん」という名前は屋号から。さかのぼれば、三輪家の先祖にマツキチさんという人がいて「まつえんどん」とあだ名されていたそうな。今でもこの辺では屋号で呼び合うのが当たり前で、ここは「まつえんどんさんの田んぼ」などと親しまれているらしい。

三輪さんの料理を形づくる背景となる景色を聞いてみると、やはり「田んぼ」だという。

「私が最初のころに手伝った田んぼで、形が悪い田んぼがあるんですよね。稲刈りをするときはコンバインで刈るんですけど、機械で刈りきれないところは手で刈ります。それがすごく大変で。でも、うちの田んぼの中ではいちばん微生物が多い豊かな田んぼである気がします」

田んぼから山も川も見えて、この土地のものを食べることが、この土地に住んでいる自分にとって自然なことだと思える場所だという。まつえんどんのすぐ近くにある田んぼなので、ぜひ寄り道して帰ってほしい。


※2020年1月より「岩原まつえんどん」として湯沢町へ移転

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