尻下がりのへんな声で鳴いているな。そう思ったら「アカショウビン」かもしれない。

都会にいると、鳥の鳴き声なんてスズメかカラスぐらいのもの。でも、ここにいるとアカショウビンの鳴き声がふつうに聞ける。「ああ、きれいだな」と思えるのだ。

その鳴き声は玉城屋でも。

玉城屋の一品は「雪下人参とふきのとう」。雪の下で越冬させて糖度を増した雪下人参は雪国ならではの食材。そのままでも美味しいからと多くは生で食されている。しかし、玉城屋のシェフはフレンチ。ムースにして甘みをさらにふくらませている。そこに「ふきのとう」をあわせる。洗うだけでも大変な食材だが、洋食であれば山菜にこだわる必要もないのでは? そう思って尋ねてみると。

「じゃなきゃ、ここで料理する意味がないと思うんです」

玉城屋はそんなシェフに出会える場所。そして、雪国の食材を使ったフレンチに日本酒をペアリングするという、もうひとつの挑戦も。

A級グルメとは、雪国の伝統料理を受け継いでいくことだけではない。これから永久に受け継がれていくであろう、新しい食文化を発明していくことも同じくらい大切なことなのかもしれない。


※レストラン営業は要問い合わせ
住所:十日町市松之山湯本13
電話:025-596-2057
URL:http://www.tamakiya.com

──どうして人参を雪の下に埋めると甘くなるのか?
玉城屋・栗山さんのインタビューに続く↓

──栗山さんにとって「A級グルメ」とは?

雪国はあまりに雪が深い地域で、冬は陸の孤島みたいになっていた。だから、冬を越すために獲ったものを保存した。そういう文化を残していくのがA級グルメだとは思うんですけど、洋食でそれを表現するのは難しいところだなと。僕はまだこっちに来て一年なんですけど、そう思うんですよね。伝統的な食材は使いますし、醤油や味噌も美味しいんですけど、玉城屋はフランス料理でもあるので「和食」を感じるものはあまり作りたくない。できるだけ、地域の伝統や食文化を取り入れながらも、フレンチのテイストをいれています。なにより僕は自分が食べて美味しいと思うものを出したい。素材の良さを考えると、茹でてからし醤油で食べたほうがいいとなるかもしれませんが、和食のテイストが強くなってしまいますので、また別の「こんな食べかたでも美味しいんだ」という食べ方を見せていけたらと思っています。

──「雪下人参とふきのとう」はどんな料理ですか?

「雪のある地域の山菜は“えぐみ”がなくて美味しい」とみんな言うんですよね。ぼくも、いろんな地域の山菜を食べたわけではないですが、この辺の山菜が美味しいのは間違いないと思います。「雪下人参」は冬を越して出てくる季節ものの人参です。「ふきのとう」も冬を越して雪がなくなってきたころに出てきます。そのふたつを合わせたのが、この一品です。ふきのとうは香りはいいですが、苦いじゃないですか。うまみの要素のひとつである苦味も強すぎると美味しくはない。だから苦味をマスキングするための甘みがあるといい。伝統的な「ふき味噌(ふきのとう味噌)」も、味噌や砂糖で苦味をマスキングしているものだと思いますが、それを砂糖を使わずに人参の甘さや甘エビで補って一皿にしたものです。

──そもそも「雪下人参」とはどんな人参なのでしょうか?

まず、雪が降る前に人参を植えるんですが、冬になると畑に雪が積もりますよね。それをそのまま越冬させて、雪がなくなったころに掘り起こします。糖度を高めるためなんですが、「凝固点降下」ってご存知ですか? 簡単にいえば、水に砂糖を溶かすと0℃になっても凍らないですよね。それと同じで雪国の土の下の温度は0℃以下になることもあるんです。その寒い中で人参の糖度も高くないと凍ってダメになってしまう。だから、人参自身が自分たちの身を守るために糖度を高める。雪下人参だけではなくて、雪室野菜というのはそういうものだといわれています。

──人参の生存戦略をうまく利用しているんですね。海外にはない文化ですか?

聞いたことがないですね。

──雪国ではいつごろから伝わっているんでしょうか?

わからないですが、もともとは人参を埋めたまま掘り起こすのを忘れてしまって、春になって土の中から出てきた。おそるおそる食べてみたら「うまいじゃん!」となったのではないでしょうか(笑)。いずれにせよ、科学的な根拠があって雪に埋めはじめたわけではないと思います。

──そんな雪下人参を洋食として完成させるまでに、どんなふうに考えていったのですか?

人参は生よりも火をいれたほうが甘く感じると思います。「こんなに甘いのに砂糖が入ってないんだ!」と言わせたいと思って、できるだけ甘さが際立つようにしました。それに、雪国の冬はほんとうに食材がない。そんな時期を耐えて、やっと春になってきたころ、いちばんに出てくるのが雪下人参とふきのとう。「やっと出てきたな」って思わせてくれる、ふたつの食材を合わせてみたら美味しくて。そうか、ふきのとうは苦味があるけど、甘みでマスキングできるような仕組みにすれば美味しいなと。ふきのとうといえば、ふき味噌か、天ぷらのイメージしかないじゃないですか。それ以外の食べかたを提案したいなと思ったんです。

──お客さんの反応はどうですか?

雪下人参とふきのとうに限った話ではないですが、「食材はどこで売ってるんですか?」と聞かれて、あそこに行ったら買えますよと案内することがあります。ほかの場所から来た人が料理を食べてそうやって興味を持ってくれるのは嬉しいですね。「雪の下に埋まっていた」というストーリーがあったとしても、自分が食べてみて「甘い!美味しいなこの人参!」と驚かない限りはしっくりこないじゃないですか。「ふ〜ん、そうなんですね」と思うのか、「あ、だからこんなに甘いんですね!」と思えるのか。やっぱり、そこが料理人の見せどころなんじゃないかと思います。いい食材を使わせてもらっているのに、お客さんにそれが伝わらないと、人参を作った人に失礼ですからね。

──栗山さんにとっては今年がはじめての春ですか?

いちおう、2回目です。でも、去年は準備が忙しくて外を見ている余裕もなかった。でも、今年は「そろそろ春だな」と、車を走らせながら脇目でふきのとうが見えたりして楽しいですね。

──実際に一年住んでみて、どんなことを感じていますか?

新潟には美味しいものがいっぱいあるなと思いますね。たとえば、アスパラなんかもすごく美味しいです。簡単にいうと味が濃い。わかりやすく美味しいですよ。全体的に味も香りも濃いものが多いんじゃないかと思いますね。そういうことを、僕は言葉で発信していくわけではないけど、料理で伝えられたらいいなと思います。

──この一品には、そんな思いも詰まっているんですね。

人参のムースの下には根菜のゼリーが。甘エビの中には味噌が入っているんです。隠し味程度に。ふきのとうが苦手な人も食べれたという声も多いです。ふきのとうの苦味も旨味のひとつ。だから、それをうまく隠すことができれば、旨味がひとつ昇華される。そういうふうにして食べれば美味しいことをわかってもらえたらなと思っています。

──玉城屋のもうひとつの挑戦は、栗山さんの料理に合うお酒を、オーナーの山岸さんがペアリングしてくれること。山岸さん、この「雪下人参とふきのとう」にペアリングするなら、どんなお酒を選びますか?

お客さんの好みに合わせて出すものを変えています。たとえば、この料理でいくと青木酒造さんの「鶴齢・純米大吟醸を氷温で5年ほど熟成したお酒」。うまみの角がとれている日本酒で、熟成の複雑なニュアンスがふきのとうと相性が良いです。

──ふきのとうと「相性がいい」というのは、どういうことですか?

ふきのとうには独特の癖があるじゃないですか。その癖が、日本酒の熟成感のある香りや味わいと一緒になることで、ふきのとうの味わいをより引き上げてくれます。ただ、熟成酒は好みが分かれるお酒です。古いビンテージワインをワイン初心者の人が美味しいと思わないのと同じで、そういうお客さんにはもう少し飲みやすいお酒を合わせにいきます。たとえば、竹田酒造店さんの「かたふね・純米大吟醸」。香りの系統は、リンゴとバナナでいえばバナナ系。飲み口も滑らかでちょっとクリーミーなニュアンスが漂う。甘辛でいえばやや甘い感じのニュアンスの日本酒が、雪下人参のムースにあるクリーミーなニュアンスと同調するんです。

──食感に合わせる、ということでしょうか?

食感もありますが、「余韻」のところですかね。お食事を食べて、飲み込んで、お酒を流すじゃないですか。口の中に残ってるのは食べ物ではなくて、食べたあとの余韻なんです。

──雪下人参の甘さが印象的でしたが、余韻はたしかにクリーミーですね。

いろんな残り方があるとは思います。とくにフレンチと日本酒のペアリングはどこに焦点を置くかによって合わせるお酒は変わってくるんですよ。今、甘みとおっしゃられましたが、かたふねの純米大吟醸というお酒は、気持ちやや甘よりなんです。その甘みの度合いとして雪下人参の甘みと近しいラインの流れにいる。逆に、この甘みに端麗辛口のスッキリしたお酒をぶつけると、料理の甘みじゃなくてお酒の苦みが際立ちます。

──料理の余韻の中には甘みや香りなど複数のラインがあるわけですね。

ほかにも、酸度や温度、いろんな要素が複雑に絡み合った上で選んでいます。お料理もお酒もそれぞれ美味しいはずですが、それを一緒にしたときにより美味しくなるのがペアリングです。ただ、日本酒がワインと違うのは、うまみを持っているお酒だということです。お料理にもうまみがあるわけですが、うまみとうまみが一緒になると相乗効果でもっと美味しくなることが起きる。そこが面白いところですね。

──やっぱり、この土地の料理には、この土地のお酒が合うのでしょうか?

郷土に根差した地酒は、その土地で食べられている郷土料理と相性が良いと言われます。食文化として味噌や醤油のような甘塩っぱ系な郷土料理が多いエリアだと、日本酒も「淡麗スッキリ辛口」というよりは、ちょっとうまみが強いお酒のほうが多い。ただ、それは地元の人が普段飲むような一升瓶をドンッみたいな普通酒の話。でも、その普通酒にこそ土地の特徴が出るんじゃないかな、と思いますね。

人はなぜ、 これほどの豪雪地帯に 住み続けてきたのか?


それは、栗山さんや山岸さんのように新しい物を生み出す変革者がいたからかもしれない。

栗山さんと松之山温泉街を歩いていたときのこと。

「トシちゃん!」と、栗山さんは道行くおばちゃんに声をかける。おばちゃんは俯いていた顔を上げて栗山さんの顔を見る。そして、顔をほころばせながら「これを採りに行ってきたからさぁ」と手に持っていたビニールをひろげる。すると、香り立つほどの山菜がぎっしり。

「そんなに生えてるの? こんど連れて行ってくださいよ」と栗山さん。

じゃあいつにしようか、と、やりとりが続く。栗山さんはまだ雪国に来て二年目。でも、だからこそ、誰よりも新しい目で雪国を感じながら、こうして学んでいるのだろう。

「これは地元人が好きな山菜で、あずきみたいな匂いがするから「あずき菜」。僕もまだ採ったことがなくて見分けられないから、一緒に行きたいと頼んだんです」としばらくして解説してくれた。

そうやって、この土地のことを知っていくのだ。栗山さんも、そして、あなたも。旅はまだはじまったばかりだ。季節にもよるが、まずは美人林でアカショウビンの音を訪ねてみてはどうだろう。

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