なだれ人に災す

私の住む魚沼郡で、なだれのために哀れな死を遂げた者がいる。その村人の話をしよう。不幸な話なのでその人の名は明かさずにおく。

ある村に、使用人を合わせて十人家族ほどの農家があった。主人は五十歳、妻は四十手前で、せがれは二十歳、娘は十八と十五だった。どの子どもも孝行者だと言われていた。ある年の二月のはじめ、主人は朝から用があってあるところへ出かけていたが、日の傾くころになっても帰らない。さほど時間のかかる用事でもなかったので、家の者は不審に思った。せがれは使用人を連れて用のあった家に行き、父のことを尋ねたが「ここへは来ていない」と言う。それならばここか、あそこかと、使用人とともに考えあぐね尋ね歩いたが手がかりはない。日ももはや暮れようとしているのでむなしく家に帰り、そのことを母に語った。母は「そんなことは今まであったことがない」と言い、心当たりのある方々へ人を走らせ尋ねさせたが、父の居所はまったくわからなかった。

その夜、午前二時になっても主人は帰らない。噂は近所に広まって人々が集まり、さまざまに話し合っていると、一人の老人が訪れてこう言った。
「ご主人がお見えにならぬそうですな。私に心当たりがあるゆえ、お知らせしようと参りました。」
心当たりがあると聞いて、主人の妻は大いに喜んだ。子どもたちもまず礼を言って、その詳細を尋ねた。老人は言った。

「私が今朝、歩いて西山の峠のなかばにさしかかろうとしたところ、お宅のご主人に行き会ったのでございます。どちらへ、と尋ねると、稲倉村へ行くとおっしゃって通り過ぎられました。私は家への帰り道で、はるかに通り過ぎた頃、なだれの音を聞いたのでございます。これは間違いなく先ほどの山で起きたのだろうと、峠を無事に通り越したのをひとまずは喜んでいたのでありますが、それにしてもお宅のご主人は、ふもとを無事に過ぎられたのだろうか、もしやなだれに遭ってはいらっしゃらないだろうかと心配しつつ家へ帰ったのです。まだお帰りにならないということは、もしやなだれに……」

老人は眉をひそめた。親子は、心当たりがあると聞いて喜んだのもつかの間、顔を見合わせて涙ぐむばかりだった。老人はそれを見ると帰って行った。集まった若者たちはこの話を聞いて、「それならなだれの現場に行って調べよう。たいまつをこしらえてくれ」と騒ぎ出したが、一人の老人がこれを制した。
「いやいや、待ちなさい。遠くまで尋ねに行った者もまだ帰らない。今にもその者と共にご主人が帰ってくるかもしれない。なだれに打たれるような迂闊なお人ではないのだ。それなのにあのジジイめ、いらないことを言ってご家族の心を苦しめてしまった」
親子はこれを聞いて励まされ、酒と肴を用意して集まった人々に勧めた。それを見て皆もくつろぎ、炉端を囲んで酒を酌み交わした。やや時も過ぎ、遠くまで尋ねに行っていた者たちも帰ってきたが、主人の行方はそれでもなおわからなかった。

そうして夜も明け、村の者たちだけでなく、噂を聞きつけた近隣の人々がこの家に集まって来た。こうなってはと、手に手に木鋤(こすき)を持ち、家族もその後について、例の老人が話したなだれの現場に到着した。たいしたことはない小さななだれで、道をふさいでいるのは40メートルに満たない雪の土手だった。しかし、もしここで死んでいたとしても、なだれの下のどこを掘れば良いのか探し当てるすべはない。どうしたものかと人々がたたずんでいると、さきほど皆を制した老人が、「よし、よい方法があるぞ」と言った。老人は若者たちを連れて近い村に行き、鶏を借り集め、それをなだれの上に放って餌を与え、思うまま歩かせた。すると一羽のおんどりが突然、そんな時間でもないのに時を告げた。他の鶏も同じ場所に集まって声を合わせる。これは水中の死骸を探す術である。これを雪に応用したのは良い案だったと、後々までも人々は言い合った。

老人は若い衆に向かい、「ご主人はかならずこの下にいる。さあ掘ろう」と言った。大勢で一斉に取り掛かり、なだれを砕きながら掘ると大きな穴となった。だが、2メートル近く掘り下げても何も見つからない。なお力を尽くして掘っていくと、真っ白な雪の中に血に染まった雪を掘り当てた。これはやはり、となお掘り続けると、片腕がちぎれて首の無い死骸が掘り起こされた。すぐにちぎれた腕は出てきたが首は見つからない。これはどうしたことかと穴を広げ、あちこち掘り求めてようやく首も見つかった。雪の中に埋まっていたために、その顔はまるで生きているようだった。

先ほどからこの場所に来ていた妻子らはこれを見ると、妻は夫の首を抱え、子どもは死骸にとりすがって声を上げて泣いた。人々もこの哀れさを見て、袖を濡らさない者はなかった。しかし、そうしてばかりもいられない。妻は着ていた羽織に夫の首を包んで抱え、せがれは着物を脱ぐとそれに父の死骸ともげてしまった腕を添えて、涙ながらに包んで背負おうとした。すると先ほど使いに走っていった者たちが、戸板やむしろなど、担ぐ用意をして戻って来た。妻が抱えていた首を亡骸に添え、戸板に乗せて担ぐと、人々はその前後に付き添い、妻子らは泣く泣く後について帰ったそうだ。

この物語は私が若いとき、その事件に関わった人の語ったままを書き留めたものだ。この話のみならず、なだれに命を失う人は多い。また、なだれに家を押しつぶされる事もある。その恐ろしさはなんとも言い様がない。死骸の頭と腕がちぎれていたのは、なだれにうたれて擦り切られたのだ。

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