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金倉路上(巻二)

水漲池汀鷺影飜。日暄林塢雀聲喧。
秋郊満目好詩料。蕎白稲黄村又村。

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訳:池には水が漲っていて鷺の影が翻っている。陽の光は暖かく、林の中の小さな丘では雀の声がさわがしい。
秋の町はずれは見るものすべてが詩にぴったりのものばかり。蕎麦の白い花、稲穂の黄色、そして村また村。



ここまで冒頭で紹介してきた詩はすべて6代目領主、京極高朗によるもの。生涯に渡って一万首にも及ぶ漢詩を詠んだという彼は、詩の題材を探して領内のあちこちへと足を運んだ。物々しいお供がいてはいい詩が読めないと、少人数、軽装で馬に乗って城から出ていく姿は「大名なんだかわからない」と言われることもあったという。

静かに過ごせるこの庭、とくに島の上の東屋はとくにお気に入りの場所で、彼は多くの時を過ごした。
 
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夏日魚楽亭(巻一)
 
數楹亭子枕川頭。三面清風如坐秋。
薄暮前峰未吐月。遙看煙浦上漁篝。
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訳:柱数本の亭子(あずまや)が川上に鎮座している。三方から吹き寄せる清風はあたかも秋がここにあるかのように涼しげだ。日没の黄昏時、前方の山々からのぼるはずの月はまだ見えないが、はるか遠くの浦浦では、夜漁の篝火(かがりび)が上がっている。
 


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中津即興(巻一)
 
雨霽海天煙靄融。布帆片々掛輕風。
水涵岸竹枝々翠。霜染庭楓葉々紅。
捲箔日光来席上。凭欄雲影落杯中。
數聲漁笛知何處。一葦舟過蘆荻東。
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訳:雨が上がり、雲と靄が海と天のはざまで融け合い、彼方此方に浮かぶ帆掛舟は、軽やかに風を切って進んでいる。池水は岸に生える竹林の根元を濡らし、樹々の枝は碧色に輝いている。降霜は楓の葉を染め、紅一色である。簾を上げると日光が座上に差し込み、欄干に凭れれば杯中の酒に雲影が映る。魚笛が数声聞こえるが、何処から聞こえてくるかは分からない。葦舟が一艘、生い茂る蘆荻の東を過ぎて行く。
 
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冬日偶題(巻一)
 
温々晴日照園庭。竹影參差壓檻靑。
池面並浮両鸂鶒。窓前輕舞一蜻蜓。
輕吹掃煙晴景澄。日移樹影上欄稜。
知佗昨夜寒威烈。繞舎小溝初結氷。
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訳:穏やかな光が園庭を照らし、竹が入り組んだ影を落として部屋を青く染め、池面には鴛鴦が浮かんでいる。トンボが軽やかに舞い、風が煙を吹き払い、樹の影が欄干の上をうつって行く。だけど昨夜は寒かった。今年初めて小溝に張った氷がその厳しさを知らせている。
 


興味深いのは彼の詠んだ多くの詩が、せわしない日常の中で気にとめることのない日常の身近な光や音、香りであるということ。
300年後、私たちは同じ庭に佇んでいる。美しく手入れされた空間でしばし静寂を味わっている。虫や鳥の声、飛び跳ねる魚の音、蓮の花の開く音。かすかな風の音に全方位的に包まれ、ドウダンツツジの木に落ちていた眩しい白鷺の羽に鳥の行方を想う。
時代が進み、庭の外の景色は変わった。庭にも時を経て様々な修繕が入っている。しかしそれでも彼が見ていたもの、小さき命が発する音や香りはそのまま今も私たちの目の前にあるのではないだろうか。



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