---------------------------------------------
雨中探梅(巻二)
 
衝雨短蓑過野塘。微風吹送早梅香。
行人應笑探花意。恰似蜂兒忙採糧。
---------------------------------------------


訳:雨の中、短い蓑を着て野を行くと、かすかな風が咲き始めた梅の香りを運んで来た。道行く人が笑い合いながら「どこで咲いているんだろう」と探す様子は、まるで蜂の子が花から花へ飛び回って、蜜を集めているみたいだ。


「近江八景というけれど、私たちにとっては瀬戸内(せとうち)の島なみ」と、地元の人々は言う。
池に浮かぶ島々。それは京都の「近江八景」にちなんで、帆、雁、雪、雨、鐘、晴嵐、月、夕映と名付けられている。しかし、この池を海と見立てれば、八つ橋や飛び石を気軽に島々を渡ってく感覚は、島々を行くときの感覚と重なる。

瀬戸内海の島は、孤島ではなく、互いに近しい存在として繋がっている。小さな内海に浮かぶ島々には当然ながらひとつひとつ違う名前があり、特色がある。ちょっと隣の島へ。今日は対岸へ。独特の色を持ちながらお互いの距離が近く、気軽に行き来ができる距離感。アイランド・ホッピングという言葉がこれほど広範囲で似合う地域もない。
そしてぽこぽことした島々の形も、また瀬戸内的だ。香川の山が平野の中に突き出していることに気づいただろうか。瀬戸内海の島もまた同じ。瀬戸内海には、かつて山々の連なりがあった。氷河期が終わり、海面上昇によって山々が消えたことで、山々は島々へと姿を変えていった。
ある意味、庭を歩くことで私たちは海に浮かぶ島々でのあり方を体感している。昔の人々が「海の桃源郷」と評したこの海際の庭は、瀬戸内海に生きる人々の精神性そのものを写している。
ここは海につながる庭だった。南海大地震で地盤沈下を経験し、庭の外は埋め立てられてしまったが、かつては庭の北側に海水浴場が広がっていた。池の水も海からの海水を引き入れていたことがあり、いまも水と淡水とが混ざっているという。瀬戸内の浜辺では松林が防砂林となるが、この庭も元から自生していた1500本もの松に周囲を守られ「白砂青松」という瀬戸内らしい光景を内包している。
時折、海鳥が優雅に庭を横切っていく。庭の音の向こうから、かすかに潮の匂いが香り、海の音と街を走る車の音が聞こえてくる。
海と陸の間(あわい)そして日常と非日常のあわいに立つ庭園を出るとき、きっと日常の中にある当たり前の景色を、いつもよりも愛おしく思える感性がひらき、瀬戸内の物語に耳をすませる準備が整っているはずだ。

Next Contents

Select language