絶景のち静寂。秘境すぎて知られていない大景観を独り占めできる川舟と、まるで禁じられていない川遊び。

瀞峡。この漢字、読めますか?

答えは「どろきょう」。どろという響きだけを聞くと、泥水の「泥」を思い浮かべてしまう人もいると思うけど、そうじゃない。川の流れが緩やかで波の立たないところを、「瀞(とろ、どろ)」と表現する。その穏やかな川の様子がそのまま名前になったのが国の特別名勝にも指定されている大峡谷、瀞峡。

十津川村から車やバスで瀞峡に向かうと、「瀞八丁(どろはっちょう)」というエリアにつく。口八丁手八丁ということわざがあるように、「八丁」とは物事に達者であることを表す言葉で、群を抜く景色の美しさから、瀞八丁と呼ばれている。

それはどんな風景なのだろう? 駐車場に車を止めて歩みを進めると、目の前にドカーンッと姿を現す、断崖絶壁。その圧倒的なスケールに驚くと同時に、その合間を流れる、鮮やかなエメラルドグリーンの川面に目を奪われる。「こんなところが日本にあるの!?」というのが、最初の感想だった。

階段を下りていくと、河原に出る。そこから川舟で瀞峡を案内してくれるのが、「川舟観光かわせみ」の東(ひがし)さん。十津川村出身で、瀞峡を遊び場にして育ったそう。

「川で泳いだり、岩の上から飛び込んだり、ヤスで魚を突いたりしたりね。今もそうだけど、この川はアユとかサツキマス、ウナギ、モズクガニがいるんよ。それを獲って、みんなで食べたりしてたな。子どもの頃、バスに乗って十津川村のいろんなところに遠征したけど、ここが一番の遊び場やったね」

ブルルルッ。東さんの思い出話を聞きながら、川舟が出発。「瀞」という名の通り、川の流れはとても静かで、滑るように進む。左右から迫る荒々しい絶壁の間を抜けていくので、冒険に出るようなドキドキ感がある。

舟から川をのぞき込むと、透明度が高く、川底が見える。陽の当たる場所に出ると、周囲の景色が川面にきれいに写りこんで、幻想的。絶景スポットとして知られる、ボリビアのウユニ塩湖を思い出した。

「瀞峡は自然のダムみたいなところでな。深いところで25メートルあるんやで」

「ここは隆起から始まったんやろうね。崖の岩を見たら、縦に深いヒビが入ってるやろ。だから切り立ってるんやろうね」

「さっきまで奈良県にいたんやけど、この川を挟んでこっちは三重県、あっちは和歌山県。瀞峡は3つの県の境なんよ」

ところどころで舟のスピードを緩めて、瀞峡の歴史や見どころについて解説してくれる東さん。

「春になったら、うるさいぐらい鳥が鳴いてますよ。カワセミも飛んでるし。秋は鹿の鳴き声がすごい。イノシシが川を渡ってることもあるし、動物はたくさんおるよ」

「おすすめは、シーズン通しての朝やな。特に6月、7月は朝もやがきれい。それか、夏に本当に暑いときの夕方。西日になって、夕焼けで岩が赤く染まって。夕方の映り込みもほんときれいよ」

記憶や体験に基づいた自分の言葉だから、瀞峡にも、東さんにも親近感がわく。

だからだろう。毎年4月から11月、8時から17時まで営業している「川舟観光かわせみ」は人気のアクティビティで、多い時には1日に100人以上が東さんの舟に乗る。季節ごとの変化を見に来るリピーターも多いそう。

──瀞峡について、どれぐらい話のネタがあるんですか?

それはもう、数えきれないぐらい(笑)

──東さんにとっては庭みたいなものですね。どんな思い出がありますか?

昔は、新宮(和歌山県)から船が出てて、7時間かけてここに来とったそうやね。僕が子どもの頃は畳を敷いたプロペラ船が走ってて、屋形船みたいだったな。瀞峡は、バブル前の1950年代にたくさん人が来てたんよ。その頃は昔よりエンジンがよくなって、新宮まで4時間ぐらい。まだ道が通ってなかったから、自分らもバス代わりに使ってたで。

──東さんはずっと十津川村に?

いやいや、学校を出てから20年ぐらいよそにおったな。でも家のこともあったりして、35歳ぐらいの時に帰ってきて。最初はタイル工をしたり、山で木を切ったりしてたけど、2004年からこの仕事(川舟観光)を始めた。

──なにかきっかけがあったんですか?

そうやね。もともとこのあたりで商売してた僕の親も、川舟観光をやりたいと言ってたんやけど、ここは国立公園だからその時は許可が下りなかったんよ。でもしばらくしたら規制が緩和されたから、やってみよかって。一度、外に出て良かったと思うよ。お客さん目線で、どうやったら喜んでくれるかわかる気がするんよ。勘違いかもしれんけど(笑)

──ご両親がやりたかった仕事を実現したんですね。子どもの頃の遊び場が職場になるって素敵ですね。

ははは(笑)。自然相手だから、なかなか大変やけど、飽きることはないね。お客さんが瀞峡を見て「わーっ!」て驚くのも気持ちいいし、時間ある時は今でも魚とかウナギ、カニを獲ったりして遊んでるし。ボートで稼ぎつつ、川でも遊びつつ。それは面白いよね。

──大変なこともありますか?

大雨の時は大変。台風はまだ予想がつくけど、梅雨時の雨はどこまで続くのか見当つかんからね。雨雲がわくっていうけど、延々とわいてくる。これはやばいなと思ったら、川を1時間ぐらい下って船をあげるけど、それが一番大変なんよ。2011年の紀伊半島大水害の時は、4日間、雨が振りまくって、瀞峡の崖の上のほうまで水が来たからね。うちも舟が被害に遭ったし、大変やった。

──天候は読めないから、気が抜けませんね。東さんにとって、瀞峡の魅力とは?

日本の観光地は、バブルの時期に手を加えられすぎてるでしょう。でもここは、100年前となにも変わってない。それが一番の魅力と違うんかな。しかも、ここで川遊びするのは自由なんよ。だから、サップしたりカヌーしたりしている子たちもいるし、河原でお弁当を食べたり、散策する子もいるし。ここはほんと、日本でもほかにない場所やと思うで。

──ぼくたちもそう思います。これからも、どんどん瀞峡の魅力を伝えてください!

十津川村の子たちも、最近はここに遊びに来ることもなくなってね。だからこそ、自分たちがやるべきことは、この景色を残しつつ、もっと瀞峡を楽しんでもらえるようにすること。(昨年)12月には、河原で瀞峡フェス(Dorokyo Valley music and workshop Festival 2019)が開かれたり、新しい動きも出てきるから、僕も楽しみなんよ。とにかく一度、瀞峡に遊びに来てほしいね。

きっと、あなたにはあなただけのお話が聞けるはず。続きは会いにいける現地人、東さんへ。

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