菅原道真の神様としての名前は「天満大自在天神」。“天神”や“天満宮”という呼び名はそこからきている。

では、福岡市にある「天神」の由来は? といえば、天満大自在天神を祀る「水鏡天満宮」があるから。道真が京都からの長旅を経て博多の港に着いたとき、水面に映る自分のやつれた姿を見て嘆き悲しんだ。その場所に建てられていたことから水鏡天満宮と呼ばれるようになった。そして、現在の水鏡天満宮があるこの場所が「天神一丁目」。天神という福岡市の中心街はこのお宮を起点に広がっていったのだ。

おもしろいのはここからだ。実は、現在の水鏡天満宮は江戸時代に移転されたもの。では、移転する前、道真が水面に映る姿を見たという場所に建てられた、最初の水鏡天満宮はどこにあったのか。「今泉」である。今泉はどこにあるのか。ピンとくる人もいるだろう。「西鉄福岡(天神)駅」の南口を出たあたりにある。

あなたも乗車したであろう西鉄は、本当の意味で「天神」と「太宰府天満宮」をつないでいるのだ。

ぼくが通い詰めていた銭湯がある。今泉にある「本庄湯」だ。ある日、番台のおじさんが教えてくれた。

「水鏡天満宮の跡地はいま“余香殿”という集会所になってるよ」

本当かどうかはわからない。しかし、実際に訪れてみると余香殿の屋根に梅の紋が刻まれていた(中には御神牛もいるらしい)。

はたして、道真はこの場所で自分のやつれた姿を見たのだろうか。そして姿見橋を渡り、太宰府に向かっていったのだろうか。想像はふくらんでいく。

そして、もうひとつ。現在は「今泉」という地名でひとくくりにされているが、昔は今泉村の西に「庄村」があった。その場所こそ、この場所ではないか。近所を掃除していたおばさんに声をかけると、余香殿がある通りはかつて「本庄通り」と呼ばれ、祭りも派手にやっていたメインストリートだと教えてくれた。いまは名前も忘れられつつある庄村や本庄通りであるが、銭湯の名前を思い出してほしい。「本庄湯」である。銭湯のおじさんは人知れずその名前を守り続けているのであった。

これは、ぼくが出会ったあるひとつの物語。太宰府は福岡の、あるいは九州の原点ともいえる場所。これまでの話を知った上で旅を続けていると、意外なところで話がつながってくる。それこそが目に見えなかった「たいせつなもの」が見えてきた瞬間なのかもしれない。あなたも、そんな旅の楽しみと出会えることを願っている。

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