神話の始まりは渦だった。

遠い昔、澄み切った高い空の上に神々の住む場所があった。ある時、イザナギノミコトとイザナミノミコトという男女ふたりの神様が大きな橋の上に立ち、下界の様子を眺めてみると、国はまだ水に浮いた油のように漂っていた。ふたりの神様は天沼矛(あまのぬぼこ)を海水の中にさし下ろすと、力一杯かき回し始めた。*

日本で最古の歴史書「古事記」。その冒頭に「渦」が登場する。この「最初の渦」とされるのが鳴門の渦潮だ。淡路島の福良港(ふくらこう)から出る渦潮クルーズに乗ってみてほしい。あっというまに鳴門大橋の下につく。とその時、海面にいくつもの渦が湧き出す。渦は回転を繰り返すうちに中心が尖り海深く潜っていく。まさに見えざる手が矛を海に刺してかき回しているような神秘的な光景に出会えるのだ。

この見えざる手とは月のこと。月の引力は1日2回ずつ海を満潮と干潮に導く。鳴門海峡の太平洋側で満潮となった潮は明石海峡を通って反時計回りに淡路島を一周し、6時間かけて鳴門海峡の瀬戸内側に辿り着く。この時、太平洋側の潮流は干潮を迎えており、海面の高低差は激しい流れを生む。鳴門海峡は幅が狭く海底が深く切り込まれており、真ん中の流れは速くとも、四国と淡路島にぶつかる両端では著しく勢いが落ちる。隣り合う流れの速度の違い。この「ずれ」が次々と渦を起こすのだ。

鳴門の渦潮は満月と新月のときに最大になる。その大きさ、なんと直径26mにもなり、世界の渦潮の中でも圧倒的だ。潮流が周遊するのにぴったり6時間という淡路島のサイズ感。そして1.3kmという鳴門海峡の極端な狭さとV字に削られた海底地形。ここには渦潮を最大化する地形条件がある。

渦は海底に向かって鋭い円錐を描く。じっと見ているとまるで吸い込まれそうになるほどだ。この動きによって海底に溜まった栄養素が適度に巻き上げられて、生物に必要な物資が海全体に行き渡る。渦潮は神話の源であると同時に、今日も豊かな海の幸を与えてくれる命の源でもあるのだ。

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