矢口高雄は「原画で漫画家の息づかい感じるのが一番勉強になる」と語る。ここで、実際に釣りキチ三平の「四万十川のアカメ」のシーンを描いた原画と印刷物を見比べてみよう。

くねる魚体の躍動感と、水しぶきに注目してほしい。印刷を見ると、魚体の周りに水しぶきが描かれているが、原画を見ると、一度墨で描いた線の上に、修正液に似た「ホワイト」と呼ばれる白い画材が使われているのがわかるはずだ。印刷では消えてしまうホワイトの部分が、原画で見ると想像以上に凹凸があるのが確認できる。それにこのシズル感。原画じゃないとわからない。他にも、一本一本の線の筆致や筆圧、スクリーントーンの貼り方など、細部を見比べるほどに、原画でしか味わえない臨場感が感じられるだろう。これこそが、未来の漫画家へ届けたい体験である。この絵はいったいどうやったら描けるのか? 漫画家は何を考えて描いているのか? それを原画なら追体験できるのだから。欄外の書き込みは、出版社や印刷会社とのやりとりの痕跡。作者の直筆で書き込まれたアシスタントへの指示書きなどを眺めて、制作過程に思いを馳せることもできる。

秋田県雄勝郡東成瀬村出身で、『銀牙−流れ星銀−』などで動物マンガの騎手として海外からも高い評価を受ける漫画家・高橋よしひろは、師匠である漫画家・本宮ひろ志の原画を見たときにこういった。

「印刷物のマンガを見て自分の方がうまいと思っていた。でも、実際の原画を見たときは全然違った。芸術だと思った」と。

矢口高雄も青年期、水墨画のスーパースターと言われる雪舟や、明治〜昭和にかけて活躍した日本画家・広島晃甫の実物の作品を鑑賞し「若い感性がユサユサ音を立てて揺さぶられた」という。

原画は、漫画家が心血を注ぎ、命を削って描いた「アートピース」。「未来の漫画家にとって、一番大事なことは、一流の漫画家の本物の原画を見ること」という矢口の強い思いから、原画の保存と活用になによりも力を入れている。まんが美術館にとって、原画こそ美術館の「核」。 原画にしかない特別な息づかいを存分に感じ取ってほしい。

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