「琉球王国人の精神性が、  この門に詰まっている?」

守礼門を前にしたら、まずは門の上にある扁額(サイン)を見て欲しい。右から読んで、守礼の国。守礼とは単に礼、つまりマナーを守るという意味ではなく、儒教でいう「礼」を守るということ。つまり中国に対して礼節を重んじる、という意味だ。

琉球王国は建国当初から中国と冊封関係という朝貢関係を結んでいた。琉球は定期的に中国の皇帝に貢物を運び、中国は琉球の王様が代替わりすると、「冊封使」とその使節団を送ってきて新しい王様を承認するという関係だ。「守礼の国」という扁額はその冊封使を迎え入れる度に、中国へのアピールとして、門の上に掲げられていたのだ。当初は冊封使が去ると「待賢」や「首里」と書かれた別の扁額にかけ替えられていたが、次第に、礼儀礼節を重んじていることが琉球の誇りとなったのだろうか。冊封使がいないときでも「礼節の国」という扁額はずっと掲げられるようになり、この門は守礼門と呼ばれるようになったといわれている。

この門には入り口が三つある。これは偉い人は真ん中から、それ以外の人たちは脇の二つの入り口から入るという中国式の作法に合わせたもの。

門をくぐるとき、上を見上げてみよう。赤い花の装飾が施されていることに気がつくだろうか?ハイビスカスのように見えるが、実は牡丹の花。百華ともよばれ、中国では花の中の王様と言われる。とにかく琉球王国の人々が格式と礼節を大切にしていたのを、あらゆるところで理解できるはず。

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