幽翠池(ゆうすいち)は、山縣有朋公が庭園を造った当初からある池です。上から見るとヒョウタンの形をしています。山縣公は、詩歌の題のように園内の景勝地を選び「椿山荘十勝」と呼んでいました。そのひとつに、この幽翠池も含まれています。ここでは雲がまるで海のように広がる幻想的な「東京雲海」をお楽しみいただけます。
雲海は、山間部で見られることの多い現象ですが、山へ行けば必ず出会えるものではありません。まず、雲ができやすい気象条件にあること。そして、その雲が上に向かって発達するのではなく、気温差によって生じた空気の層が天井となり、雲を横に広げること。そしてその空気の天井が、見ている人間よりも低い場所に発生すること。
つまり、季節や天気、時間や地形など、いくつもの条件がそろわなくては見られません。雲海との出会いはまさに奇跡。
そんな奇跡の光景に、東京で出会えるようになりました。それが東京雲海です。自然の景観はそのままに、現代の技術を取り入れ、一日に数回、数分程度雲海が出現します。人の手で生み出された東京雲海ではありますが、風向きや風量、湿度や地面と上空の気温差など、気象条件によって雲の流れ方や留まり方は毎日変化していきます。
屋内の上階から庭園を見下ろすと、東京雲海の間に見える緑の木々は、まるで海に浮かぶ島々のよう。雲海に包まれた庭園に降り立てば、雲の中を散歩するような、日常生活では味わえない珍しい体験ができるでしょう。もし雲に包まれたような状態となりましたら、1分から3分程度その場でゆったりお待ちいただくと、霧の状態が変わっていく様子をお楽しみいただけます。
通常の雲海は、夜明け前や早朝に発生することが多いものです。しかし東京雲海は朝だけでなく、昼や夜にも出現します。霧の粒がキラキラと日差しに反射して輝く朝。夜には雲のたなびく中、月光を感じる幽玄さ。時には、辺りが錦や黄金に染まる異空間に誘われます。この東京の真ん中で、自然の奇跡を心ゆくまでご堪能ください。
さて、季節によっては、この場所ではこんな心地良い音が耳をくすぐります。
チンチロリン、チンチロリン……
リーン、リーン……
ガチャガチャ、ガチャガチャ……
スイッチョン!
松虫、鈴虫、轡虫(くつわむし)。そして蟋蟀(こおろぎ)に螽蟖(きりぎりす)。日本の人々は、蛍のように幻想的な虫を見て楽しむだけではなく、虫の声を聞いて心を癒やしてきました。夏の終わりから秋のはじめにかけて、奏でられる虫の声を愛でる風習は、「聴蟲」(むしきき)と呼ばれます。元々は、京の貴族がたしなんでいたものでしたが、江戸時代中期になると庶民の間にも広まっていきました。ただ虫の声を聴くだけでは飽き足らず、捕まえた虫を飼って音の優劣を競ったり、虫にちなんだ歌を詠み合ったりして、風雅に楽しむ人々もいました。
夜には千の光のライトアップの中で、幽玄な自然の力を感じつつ、虫の奏でる音に耳を傾けてみてください。