今日、この部屋であなたはどんな夢を見るだろうか。
この部屋のベッドの上には、アーティスト菅本智(すがもと さと)によって「夢」を表した作品が展示されている。長さ約5キロにも渡る組紐によってできたその夢は、巨大な雲のように2つのベッドの頭上に浮かぶ。ベッドで眠る人同士の夢の中で解き放たれた思考が、頭の中で複雑に絡み合う、そんな様子を表現している。同じ空間で眠る二人の夢はお互いに影響を与え、混じり合うのだ。
ベッドに寝転び天井に目を向けると、側面から見た時の印象とは異なり、鮮やかな組紐や模様が目に飛び込んでくる。これは一見モノトーンに見える夢の内側には、色鮮やかな本心が隠されていると捉え、表現されたものだ。夢の中で放たれた思考の躍動。菅本の考える夢とは何か。アーティスト本人から、話を聞いてみよう。
ーー自己紹介をお願いします。
菅本智(すがもと さと)と申します。東京をベースに作家活動をしています。創作のテーマは思考の多様性で、「人の頭の中を可視化したい」というのが活動の原点にあって。そういった思考の形を、立体作品としてつくっています。
ーー立体作品にするときに、どのような方法、つくり方で作品化しているんですか?
主に紐を使っていまして。紐を思考回路に見立てて、表現しています。
ーー今回の部屋のタイトルと、作品に関して解説してください。
作品名は「Double Dreams」です。「Double Dreams」には二つの意味があって。夢の裏側と表側という意味と、二人の夢が混じり合って、部屋いっぱいに広がっていくという二つの意味があって名付けました。
ーー502号室の作品になります。タイトルをお願いします。
タイトルは「Double Dreams -saturation- 」です。
ーー「saturation」とは、どういう意味でしょうか?
saturationとは、「鮮やかである」という意味と、「にじみ出る」という意味をもっている単語で。この502号室の夢は、夢の中で本心が強調されて出てくるという状況を表したくて。外側がモノトーンでまとめられていて、内側がより鮮やかな色味になるように紐を選んでいます。
ーー実際に、そういう夢を見ることがあるんですか?本心が強調されて、夢に現れてくるという。
あります。具体的には今、思い出せないんですけど。
ーーなるほど。どうぞ、続けてください。
外側のモノトーンの世界に、内側の鮮やかな色がにじみだしてきているというようにつくっています。なので、「saturation」という言葉を選んでいます。
ーー602号室は一部屋づつ、個別にタイトルがついているんですね。こちら側は、どういうタイトルがついているんですか?
こちら側は「Double Dream -inversion- 」というタイトルをつけたんですけど。inversionは「反転する」という意味を持っている言葉で。この造形の表側と裏側の紐の表情が、反転することの意外性を表していて。例えば「すごく嫌な夢を見ちゃった」という時でも、実は意味としてはいい夢だったりするというような、そういう意外性を表しました。
ーー502号室も602号室も、内側から見える世界観を制作のときも意識していらっしゃると思うんです。その辺りの解説もいただければと思います。
外側から見た景色とベッドに寝てもらって見る景色では、まったく違うようにつくりたいなと思って。驚いてほしくて。なので色も変えていますし、紐も京都の組紐なども使っていて。より複雑で、ダイナミックなカラーリングにしています。ベッドに寝てもらった時に夢が壮大に広がるように、紐の流れをより大きく使うように表現しました。
ーー「紐の流れをより大きく使う」とは、どういう意味なのでしょうか?この動きということなのかな?
思考って常に動きつづけているもの、だと思うんですけど。私はその一瞬を切り取って、 可視化したくて。 なので、躍動感を紐で表現したいんです。
ーーじゃあ、これは “うにょうにょ” 動きつづけているものなんですね。
止まっているものなんだけど、動いて見えてほしいと思って。
ーー動いて見えますよね!一体の作品に、どのくらい紐を使っているんですか?
二部屋で約10kmなので、一部屋約5㎞使っています。
ーー作品以外の空間については、どのような意識で決めていきましたか?
作品にフォーカスして楽しんでもらいたいと思ったので、作品以外の家具は白でまとめて、ギャラリーというようなイメージで。ホワイトキューブのようなギャラリーというイメージで、すべてを白でまとめました。ベッドの配置は、ホテルではあまりないと思うんですけど、直角に並べて空間をよりダイナミックに使えるように考えました。
ーー作品を楽しむための、空間づくりになっていると思いますね。
ーーどのくらいの期間を使って、作品をつくったのでしょうか?
実制作は、8ヶ月間。構想を含めたら、1年以上ですね。
ーー実制作の8ヶ月間、菅本さんは「制作しか」していないですよね。起きてる時間、つくりつづけていらっしゃったとお聞きしています。その時、どういう精神状況だったのか。心の中をお聞かせいただければと思います。
自分史上、最大スケールの作品で。かつ同時に2個というのが、ものすごく大変で、とにかく寝れない日々だったんですけど。でも、とにかく見てみたいっていう。スケッチの段階の小さいスケールではなくて、本物のスケールになったらどうなるんだろうと、見てみたかったし。うん。
ーー自分で思い描いたものが、つくったらどうなるのか、自分で見てみたいと。
「なんでこんな大変なものを、つくりたいと思っちゃったんだろう」と、一瞬、思ったんだけど。8ヶ月のうち、15分ぐらい思ったけど。あとの時間は、やり切ろうという思いで走りつづけていました。
ーー今回は「夢」をテーマに作品を制作されましたが、なぜこの空間でこのテーマを選び、制作にトライしようと思ったのでしょうか?
もともと夢にはすごく興味をもっていたということと、「BnA Alter Museum」という場所に作品を入れさせていただくということで。BnAって「Bed&Art」の略なので、ベッドが主役になれて、宿泊者が作品の一部になれるような部屋を目指したいと思いました。
ーーもう少し、智さんが思う「夢」について、深堀りして聞いていきたいと思います。自分にとって「夢」とは、どういうものなんでしょうか?
夢ってものすごく身近なファンタジーで。不思議だし、心惹かれるもので。自分のことを、知ることのできるもの。自分の気持ちとか、状況が反映されてくるから面白いし。だけど、その気持ちとか状況に近い時もあれば、まったく別の形で出てくることもあって。自分の意外な一面も知れたりとか。意識と無意識が交差する世界、そういう風に思っています。
ーー見えない「夢」というものを可視化するうえで、造形的には夢のイメージをどのように考えて、つくっていったのでしょうか?
二人の夢が合わさって、部屋いっぱいに広がって、天井に消えるようなイメージでつくりたかったので。上に向かって切れていくような、逆三角形の形というのは意識しました。
ーーふわって浮かんでいく感じとか、頭の中から…出てきたようなイメージ?
そうですね。二人の頭の中から出てきて、上へ上へ、躍動的に広がっているというような形をイメージしていました。
ーー智さんにとって、「制作すること」とはどういうことなんでしょうか。
この時は、本当に命より大事でした。「自分に何かあってもこの作品だけは完成させよう」みたいな気持ちで取組んでいましたね。なので初めて、完成して泣いたし。寂しいって思ったのも、初めてで。キャリアは短い作家なんですけど、いつもは「もう見たくない!」っていうところまでつくるので。寂しいという気持ちではないんですけど。今回は本当に長い時間、集中して制作したし。たくさんの人に助けていただいたりとか、思い入れがものすごく強いので。ここまで愛情かけてつくったから、「あとは一人で京都で頑張ってね」みたいな気持ちで、東京に帰りました。
ーーこの「Double Dreams」に泊まるゲストの方に、メッセージをお願いします。
まず、泊まっていただいてありがとうございます。この作品は、外から見る景色と、寝てもらって内側から見る景色が全然違うようにつくっているので。ぜひ、二人以上で泊まってもらって、寝ながら、会話しながら、思考の交換を楽しんでもらえたらと思います。