この部屋には5つの窓がある。外の景色はゆっくり、ゆっくりと動いている。
24時間流れ続けるビジュアルとオーディオ。これらをまるで窓から見える風景のように鑑賞するインスタレーション空間が、このアートルームだ。人間が知覚できないほどにゆっくりとしたスピードで、刻一刻と変わり続ける5つの映像。窓の外にあるこの世界の景色は、1週間をかけてめぐっていく。
どうかベッドに寝そべりながら、ゆるり、ゆるりと変化していく作品を鑑賞してほしい。このアートルームは、さながら仮想空間を一人きりで漂う小さな部屋なのだ。朝目覚めた時、今とは違う景色が窓の外に広がっているだろう。
真鍋大度は、現代を代表するアーティストであり、インタラクションデザイナー、プログラマ、DJと複数の肩書きをもつ。多才な彼の思考を覗き見るためのヒントを、彼自身の言葉から拾い上げていきたいと思う。
ーー自己紹介をお願いします。
真鍋大度です。プログラミングやソフトウェアのエンジニアリングを使って、作品をつくっています。
ーー真鍋さんが手がけた「continuum」という作品について、お伺いしていきます。まず、空間作品なんですけれども、概要をご説明いただけますか。
いわゆる美術館やライブハウス、シアターなどでも普段は作品をつくっていますが、それとはまた少し違う時間軸の作品を作れたらなと思ったのが最初のきっかけです。ホテルの部屋の中ということで、作品を体験してもらう時間がすごく長くとれると思ったので。それこそ、24時間ずっと部屋の中にいて、聞いて、見てもらうこともできるので、ずっと時間をかけて聞いて、時間も空間もよくわからなくなるようなものが作れたらなという風に思いました。
なんとなく聞いていると変化したことがわからないのですが、切り取ってみると、実は映像も変わっているし、音も変わっているという。かなりゆっくり変化しているという感じの作品ですね。
ーー今回は抽象的で、芸術作品としてのアプローチでアウトプットされたと思うんですけれども。真鍋さんにとって、どういった位置づけなのでしょうか。
美術館の展覧会でもそうなのですが、はじめにテーマが決まっていて、それに沿って作品をつくる場合と、キュレーターがテーマに合う作品を探してラインナップをつくる場合と、二つパターンがあります。今回は条件を与えられてつくっている、というタイプのものかなという感じですね。
他の作品ではエンタメ的な作品もありますが、どちらかというと個人でつくっている作品は人間の間感覚だったり、機械学習の技術を使って脳活動を解析して、視覚と聴覚の関係を分析、解析するような作品をつくっています。そういったものはいわゆる派手というか、わかりやすい作品というよりはコンセプトありきの作品です。そういった作品の延長線上にもあるかな、とも思います。
ただ、これはホテルという題材がなければつくっていない作品なので、かなりコミッションワークという感じではあるかなと思います。
ーー空間の中にモニターが5つあって、そこに映っている映像がゆっくり動いていく。言葉にするなら、あれは何が映しだされているのでしょうか?
仮想の光源がずっと動いています。その光自体はモニターの中、部屋の中にはあるのですが、それ自体の場所は、モニターを通してしか見ることはできない。仮想的な光と影を、モニターという窓を通じて見ている、という感じですね。そういう意味では、仮想的な光源や影を使っているので、バーチャルとかそういった Augmented Reality(AR)、というようなことにも近いかもしれないですね。
ーー「モニター=窓」と定義したときに、ホテルの空間の外側に、「仮想の光と影の空間がある」というこという、自分のいる空間をモニターを通して定義できるようなイメージがあるんですけれども。ゲストに「こういう感覚になってほしい」、「こういう気分になってほしい」などの意図はありますか?
そもそも具体的なアウトプットは普段もつくっていないんです。きれいな花びらが散ったり、クジラが飛んだり、蝶々が飛んだりといった、いわゆる花鳥風月的なことはやっていません。どうしても2個ぐらい間に何かが挟まっている状態なので、色んな解釈ができるものになってしまうのですが。
「どういう感覚になってほしいか」ということで言うと、普段と違う時間の流れの中で作品を鑑賞してもらえるといいかな、というのは思っています。美術館でもそういった鑑賞の仕方はできますが、12時間、同じ作品をゆっくりリラックスして楽しむことはできないと思いますので。ホテルは作品をずっと独占して鑑賞できる状態なので、せっかく泊まっていただけたなら、ゆっくり作品を味わってもらいたいなとは思いますね。
ーー「continuum」というタイトルの意味、意図するものをお伺いできますか。
このタイトル自体は、直接的な意味としては「連続していく」、「連続的な」、という意味合いがあるので、楽曲と映像が連続していくみたいなことで選びました。あとは僕がすごく好きなベースプレイヤーで、ジャコ・パストリアス という人がいるのですが、その人が「continuum」という曲をつくっていて。
その曲もすごく好きだったので、そこにもちょっと引っかけました。知ってる人が見たら、「おっ」となるかなと。
ーー「24時間滞在して体験する」場所だということで、わかりやすい一発のインパクトというよりも、長く滞在することでだんだん感覚が変わっていくとか、瞑想や禅という言葉が、他のアーティストからも多く聞かれました。真鍋さんは長時間、作品と向きあうことの可能性や魅力について、どういう風に考えますか?
「そこで、ずっと作品を見ていて下さい」と言っても、実際、難しいと思います。やはりSNSをしたり、そういう状態にどうしてもなってしまうと思いますが、今って隙間がないですよね。昔だったら、例えば誰かと待ち合わせをして、待っている時にやることがなくて「暇」という状態ができて。どう暇をつぶそうかという感覚って、僕が若い頃にはあったのですが、今はいくらでも暇をつぶすことはできてしまいますよね。そういう余白がない、生活のリズムになっていると思いますあの部屋の中では、何かぼーっとしている状態というか、何も考えていない時間のことを気にしないとか。情報を詰め込んでいかないような体験というか、そういうことをしてもらえたらいいなと思います。
「そういう部屋があったら泊まってみたいな」と自分が思ったのも最初のきっかけではありました。部屋ができたときに自分でも泊まってみて、「こういう場所があればいいな」と思いましたね。
ーーそれ以外の情報に邪魔されない、「余白のあるアート体験の空間」として機能していくことは、僕たちの望みでもあります。例えばこの音声ガイドも、思いを新たに、「もう一度、空間を楽しみかえす」という風に機能していけば、いいなと思っています。
答え合わせみたいになってしまうので少しだけ。。本当にゆっくり変化しているので、気づくのは難しいと思うんです。自分でも気づくか、気づかないか。自分でも知覚できるかというのを試しながらつくりました。ギリギリのラインを調整できたかなと思っています。難易度は高いかと思いますが、せっかくなのでそういう作品だと思って楽しんでもらえたらいいなと。
ーー真鍋さんは、ご自身の肩書や定義をどういう風に考えていますか?
僕は自分でアーティストということに少し違和感を覚えるところもあります。ただ、自分がやっているプロジェクトを「アート作品」として展示してもらえる機会も多いのでそういう風に言っていますが、肩書きは難しいですよね。ヨーロッパとかでよく、「お前はサイエンティストなのか、エンジニアなのか、アーティストなのか、デザイナーなのか」というような批判というか、質問をもらうことがあります。YouTubeにアップしている実験動画も当初は作品として作っていたものではなかったのですが、美術館で展示されるようになってからはアート作品として認識されるようになりました。キュレーターが美術作品として展示すればアート作品になりますし、自分が作っているものがアートかどうかは自分で主張しなくてもいいかなという風に思っています。
今は「メディアアート」と言えば、かなり大きな括りで定義づけできてしまうので、そう言われることは多いですね。僕は「メディアアーティスト」と言っていた時代もあるのですが「アーティスト」にした方がいいなと思ったのは、世間で言われているメディアアートと、僕が考えるメディアアートにずれを感じたから…ということもあります。できるだけメディアアーティストではない肩書きにしようと最近は思っています。
ーー真鍋さんのアウトプットを見て、同時代を生きてきた自分たちは「感性やかゆいところに、電気が走らされるようにびりびりくる」と感じてきました。これまでの作品を通じて、ご自身が一貫して持っている観点や視座、信念などはありますか?
僕は聴覚、音楽に関しては絶対に譲れない好き嫌いがあります。音をつくるときも、好き嫌いの延長でしかつくれなくて。自分の好きなメロディーやコード進行、リバーブやコンプのかかり具合というものがあります。
だからミュージックビデオをつくるのも、音楽が自分の好みではなかったら引き受けないというケースもあります。「Warp Records」など、自分の好きなレーベルの仕事を受けることが多くなりますね。
ーー最後に、宿泊されるゲストへメッセージをお願いします。
今ってわざわざ耳を澄まして何かを聴くという体験は本当に少なくなってきたと思います。僕が小さい頃でも、虫の音に耳を澄まして聞くということをやっていましたが、そういう感覚を引きだしていただいて、耳を澄まして、目をじっくり凝らして、作品を体験してもらえたらなと思います。