あなたをこの部屋で出迎えてくれる「青」の世界。世界最古の合成顔料は3500年前にエジプトで作られた青色だった。それは「作られたラピスラズリ(作られた青)」と呼ばれ、それゆえに色を出すために作られた絵具の象徴として、青が使用されている。

この作品を手がけたアーティスト、香月美菜は、絵具、その中でも作られた絵具の象徴である青を主役とするために「最小限の行為、one stroke」で作品を完成させた。彼女のミニマルな作品を最大限に味わうための空間として、敢えて装飾を一切排除し、白い漆喰と大理石の部屋を用意した。シンプルな空間で彼女の描いた青と対峙すると、不思議と神聖な気持ちが湧いてくるのではないだろうか。

この純粋な物質同士が語り合う”都市の迷宮”のなかで、心を沈めて瞑想をしたり、イギリスの映画監督、デレク・ジャーマンが書いた色彩についての自伝的エッセイ『クロマ』を読むなどして、この空間と過ごす時間を思う存分味わってほしい。

この「青」の空間は、あなたに何を語りかけるのか。アーティストにその意味を尋ねてみよう。

ーー自己紹介をお願いいたします。

作家の香月美菜(かづきみな)と申します。青い作品を、絵具の作品をつくっています。

ーーこちらのお部屋の入ってすぐの正面に、大きな作品が、どんと展示されている空間になっています。まずは作品についての解説と、制作について。切り分けられない部分もあると思うので、香月さんなりの解説をいただければと思います。

この絵のタイトルというか、コンセプトが、「絵具をそのまま見せるにはどうしたらいいだろう」と考え始めたことがきっかけで。

ーー絵具を見せようとする絵画、というところがものすごく興味をそそるんですけれども。絵具そのものをモチーフにしようとしたのには、意図やきっかけはあったんでしょうか?

色んな作品があって、テーマがあって。「作者はこういうコンセプトで、こういうメッセージを伝えたいんだ」と、色々な作品を見ている中で感じて。それを素敵だなと思う気持ちはあるんですけど、ふと我に返った時にどれも違うものなのに「私がみているものは絵具なんだよな」って思った瞬間があって。

ーーこれは全部キャンバスと絵具だぞっていう、気づきですよね。

そこに私なりのリアリティを感じまして。その表面のみを見るみたいな。何か深いテーマがあって、作家が言いたいこともわかるんですけど。私がここにいて、目の前にキャンバスがあって、そこに絵具が乗っている。どういう作品を見ても、それは変わらないというところにすごく興味をもちまして。

ーーそう言う意味では、リアリティそのものですよね。絵の具がそこにあるということに対する、気づき。

それで、「絵の具を見せるための作品をつくってみたい」と。これはつくり方にも関係するんですけど、そういう考えをおこしたあとに、色々やってみたんですよね。絵の具を削ってみたり、大量の絵の具をただ単に重ねてみたりしたんですけど。それを見せると、鑑賞者の方々が「これは削ってつくったんだね」とか、「こういう風につくったんだね」と技法、私のテクニックの話になってしまって。そうなると私が見せたかった「絵具」ではないなと思って。「テクニックすらなくそう」と思いまして。

つくり方の話になるんですけど、絵具を大量に乗せて、一気に無心で、ワンストローク、一筆でのばして、手をつけない。

ーーこれは棒状のもので、絵の具を引っ張ってくる?

そうですね。棒に刷毛を何本かくっつけて。それを一気に引いて。

ーー作為を無くした、一つの行為だけで作品をつくるというような感じですね。

絵具が大量にあって、コントロールというか、私が「こんな風に線が引きたい」ということもできなくなるんですよね。大量にあると。「うまくつくりたい」というテクニックすら、私がコントロールできない部分が生まれることによって、絵具の生々しさが表現できるんじゃないかなと思って。こういうつくり方を始めました。

ーーとはいえ、作品に感じるものは「絵具!」というパワーと同時に、深淵な深さ、青の色味の本当の深さを感じます。多分見る人によって捉える幅は様々で、奥行きがある。例えばその形を何かの象徴のように見出す人もいるだろうし…想像の余地が広がる作品になっていると思います。

それが抽象絵画の本質だと私は思っていまして。抽象絵画の作家さんも色んな方がいらっしゃると思うんですよ。怒りを表現する抽象絵画、愛を表現する抽象絵画とか、色々と私も見てきたんですけど。でもその人の気持ちが先行してしまっていて。私は見てる側がどう受け止めるかが大事なんじゃないかなと思っていまして。この作品においても、テーマとして「ただの絵の具なので、自由に見てください」。その中で、人がどう感じるかというのがすごく大事だなと。

ーー徹底的なミニマリズム、リアリズムだと思うんですけれど。そういうことに気持ちが関心が向いていく、作家としてもしくは個人としての、バックグラウンドとか、どうしてそこにフォーカスしていったのかということが気になりますね。

私が学生時代の話になるんですけど。通常は「何かを伝えたい」「何かを表現したい」ということがあってこその表現者だと思うんですけど、私はわーってくる、人の気持ちが苦手…だったんですよね。もともと人とそういう風に触れ合うことも苦手で。

李禹煥(リ・ウンファン)さんという、私の尊敬している有名な作家さんがいらっしゃるんですけれど。ただ単に石があるとか、もの派の方々の作品とか、抽象絵画でテーマとか何もないミニマリズムな作品を見たときに何かその、人じゃないものと一対一でいるときに安らぎとか、何とも言えない感覚になって。それ以外の何かを表現しているというよりも、「ただ、そこにある」ということに感動したことがありまして。

ーーそこにつくった人の存在とか、自己表現、何か伝えたいことの熱もなく。ただある。でも何もないではなく、何かがただ在る。

そのときの私は、そこにいるだけで息ができる気がしたんですよね。呼吸ができてると感じたときがありまして。表現ってこういう方法もあるのかなって。それ以来、そういう表現に憧れて。 自分もそういう「こと」を目指したっていうのがきっかけ。ミニマリズムに興味持ったきっかけです。

ーー今、コレクションもオーダー待ちの状態だと思うんですけども。リアクションとして、言葉として、どういったことを聞かれますか。実際に話されることもあるだろうし、書いてもらうこともあると思うんですけど。香月さんの作品は、人にはどういう風に受け止められてるという印象ですか?

例えば小さい作品ですと、色んな人の色んな意見があって。「小さい水族館」とか「星を見ているみたい」とか、「洞窟から天井を覗いているみたい」などのお言葉をいただくんですけれども。このホテルにあるような大きい作品になってくると、スピリチュアルな感想をいただくことが多くて。それはつくっている側としても、すごく面白い反応だなと。

ーー小さいものだと「物」の象徴に見えてくる。大きいとそこも凌駕してくるんですね。それは面白いですね。

ーー色の「青」を見せる、「青」を選択している。そこが唯一にちかい作家性の部分という感じがするんですけれども。なぜ青を選ばれたんですか?

私は子供のころから、「青」担当だったんですよ。どういうことかと言いますと、私には姉がいまして。姉と歳が離れていなくて、服を買うときはセットで二組の子供服、色違いで母が買ってくれて。そのときに、暖色系は姉の色、寒色系は私の色という風に分けられていたんです。そうすると名前を書かなくても、お母さんが管理しやすいので。そうやって寒色系は私の色という風になっていたので、物心がつく前から「青」と一緒にいることに何も違和感を感じることなく育ってしまって。一度、このシリーズを別の色でつくってみたんです。そうしたら「なんで赤色なんだろう」「この緑の意味は?」ということを考えてしまって。「私が考えるこの緑はこうなんです」となってしまうと、私がつくりたかったベクトルとまた違うものになってしまうなと思って。物心点く前からいる青色だったら何も考えずに無心にいられるので、この色に。

ーーじゃあ青という色自体も「何もない色」という定義づけなんですね。

私にとっては、という話なんですけど。

ーー部屋の中に書籍も置いていますけど、本の内容と、ここに置かれた理由を説明してほしいのですが。

そうですね。デレク・ジャーマンの「クロマ」という色に対して敏感に書かれている本なんですけれども。この方の本を読む中で、「青」のことを語っている項目があるんですよ。急に「性」について語りだしたと思ったら、次の行で「死」について語っていたり。プラスマイナスということが交互に語られている文章で。そのプラスマイナスを行き来する中で、だんだんゼロになっていくような…感覚がすごく、私と似ているのかなと。似ているというか共感する部分があったので。私は言葉にする、文章にするのが苦手で、「見てるままを感じて下さい」というタイプなので。その中でも「書籍・クロマ」を読んでいただいたら、私が伝えたいことがわかるのかな、伝わるのかなと思います。

ーー感性が似ているのかなと思った本が、解釈のきっかけになればということなんですね。

そうですね。すごくいい本なので、より深くこの青の世界を楽しめるようになってるのかなと。

ーー自分に自然な「青」という色がセレクトされていったけれども、それをきっかけに色んな他の人の解釈を自分なりに吸収しながら、向き合っていくという感じになっているんですかね。

そうですね。作品づくりでもそうなんですが、何か一回やったら、何かを取り入れて。その中で自分に必要なことだけを残して、後は省いてということを制作の中でも繰り返していまして。さまざまな色に関する本を読んだ中でも、デレク・ジャーマンの本は素晴らしかった。

ーー2部屋の作品を作っているときは、どういう環境にあったのですか。自分の状況についてもそうですし。香月さんは制作現場に、あまりカメラをいれないですよね?

あまり入れないです。

ーー制作現場はどんな風になっているのか、話せる範囲内でいいので。

私、大作をつくるときは修業みたいになるんですよね。この2つの部屋の作品はそれぞれ200種類以上の青い絵具を使っていまして。200種類の絵具は、すべて自分で混ぜてつくっていまして。その200種類の絵の具を、グラデーションになるようにしぼり袋に入れた絵具をしぼっていくんですね。クリームのしぼり袋があるじゃないですか。

ーー出口がついているやつですね。

そこに200種類の絵具を一色ずつ入れていき、それをクリームをしぼるように、どんどん画面に。

ーー床に置いたキャンバスに、絵具を乗せていく…みたいな。

それを10時間かけてやるんですね。10時間ずっと、ずっとしぼった絵具を最後1ストロークで伸ばすときに、失敗とか成功とか、ある程度のボーダーラインはあって。上手くいってほしいという思いはあるんですけど、そういうのも取り払ってこの一瞬に「すべてを!」っていう風にかけるというか。板についた刷毛をがーっと引くんです。

ーー10時間かけたセッティングを引くときの覚悟というか。最後は集中力が高まった状態なんですね。

結構、なんか…うん、トランス状態になってることが多いですね。

ーーそれは確かに、一人のアトリエ空間じゃないと。壊されちゃいますもんね。

そうですね。なのでずっと集中した状態で。10時間かけたというのもそうなんですけど、200種類の絵具をつくるのに、2週間、3週間かかっているので。長い時間かけたものが、一瞬で決まる。そういう状況の中で制作しているので、今ちょっと、あまりうまく説明できないのもトランス状態に入って、あまり覚えていないんです(笑)。

ーーなおさら、現場にカメラを入れてみたいですね。

ーー作品と対峙するときに、地べたに座ってみるような形になると思うんですけども。心理的にも、体制的にも、どんな風な姿勢でゲストに作品を見ていただきたいですか?

私の中のイメージとしては、座禅を組んでいるような感じで。作品をずっと見ていると、気がぼんやりとなってくることがありまして。そういう、瞑想のような空間を味わっていただきたいなと思ってこの部屋を神殿のように静かな空間にしたので。床に座ってじっくりと。座禅と言いましたが、個人の楽な姿勢で見ていただきたいなと思ってこのようにつくりました。

ーー部屋の照明も4パターン、ボタンで操作できるようになっています。照明と作品には、どういう関係性があるのでしょうか。

照明を4種類つくっていただいたのは、先ほど言った「瞑想」を空間のテーマとして大事にしていまして。瞑想できる明るさって、人ぞれぞれ違うと思いますので、自分に合った明るさで鑑賞していただきたいなと思いますが私がお勧めしたい明るさというのが、晴れた朝の日に明を消して自然光のみで見る。そうすると、気持ちよく見えます。

ーーこのホテルならではの、早朝に作品と向き合う、ということも。美術館では見れない時間。

あと、自然光で作品を見るというのもできないので。ぜひとも、味わっていただきたいなと思います。

ーーちょっと質問の毛色を変えたいと思います。宿泊するゲストに、京都の街の魅力や、お勧めしたいポイントがあれば教えてください。

私がよく行くのが、下鴨神社。そこの「糺の森」という名前だったと思うんですけれども。下鴨神社の周りの雑木林が。そこをゆっくり歩くと、すごく気持ちいい。私は一時期、京都に住んでいたことがありまして。

ーーいつぐらい?

2014年ぐらいになりますけれども、そのときに、下鴨神社の近くに住んでいまして。制作で行き詰まったときとかに、よく散歩していました。すごくゆっくりとした時間が味わえるので、ぜひ行ってみていただきたいですね。

ーー香月さんは学生時代に京都の街に住んでいましたよね。どういう風に京都の街を捉えていますか?

色んな文化が、時間を越えて集まる場所なので、日本の中で一番刺激的な場所ですね。私にとっては。現代のハイテクノロジーなものもありますし、日本人が今まで守ってきた、伝統のある文化も。色んなものが混在していて、すごくおもしろい街だなという風に捉えています。

ーーそれでは最後に、宿泊されるゲストの方へメッセージをいただければと思います。

まずはこの部屋を選んでいただいて、ありがとうございます。この部屋を、瞑想ができる空間としてつくりました。それは私自身、今の世の中が目まぐるしく、速いスピードで流れていく中、「一息つきたい」「ゆっくりしたい」という気持ちがあったので。そういう息苦しさを感じている方に、ぜひともそういうことを忘れて、ゆっくりできる時間をこの空間で味わっていただければ、ありがたいなと思います。ゆっくりとお過ごしください。

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