あなたは「偕老同穴(かいろうどうけつ)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

カイロウドウケツとは、深海に生息する真っ白な海綿の仲間だ。その海綿の中には雌雄一対のドウケツエビが棲んでおり、二匹はその中で一生を過ごす。そのことから日本では「生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる」という、夫婦の契りの堅い様を意味する言葉となった。

この部屋を手がけたアーティスト・河野ルル(こうのるる)は、世界中を旅する中で壁画制作を始めた。彼女の純粋な作風で深海と永遠の愛が壁一面に描かれている。そして偕老同穴を現すベッドを包む真っ白な天蓋は、今回のコラボレーション作家の二宮佐和子のアートワークだ。

想像してほしい。ここは深海。まっしろな偕老同穴に包まれてみる景色はどんなものだろうか。ベッドに横たわり、真っ白な世界に身を委ねてほしい。あなたは何をかんじるだろうか。そしてアーティストは、この世界を通してあなたに何を伝えようとしているのか。ここからは、彼女の言葉に耳をすませてみよう。

ーー初めに自己紹介をお願いします。

河野ルルです。名古屋に住んでいて、絵をかいています。

ーーアーティストとしての活動も、「絵描き」という…

かなり「ボロい」家に住んでいて、私。家賃も23,000円だし。最近、大家さんと交渉して値切って。さらに2,000円まかったの。一人暮らしだし、そんなにお金もかからないから、今は絵だけで生きのびていられるかな。

ーールルちゃんの作家活動の中で、「旅」が重要なテーマだと思うんですが。旅と制作活動は、どのようにつながっていったのか、ルルちゃんにとって旅はどういうものなのかを聞かせてください。

私がそもそも絵を描き始めたのは、5年前ぐらいで。5年前に会社員を辞めて、旅行しようと思って、色々な国をまわってて。最後にメキシコに着いた時に、お金がなくなっちゃって。でも日本にまだ帰りたくないからっていって、宿で掃除とかをやって、無料で泊めてもらっていたんですけど。

ーーその時点ですごいけどね。

でも、超つまらないし! 「こんなことをするために、旅をしているわけじゃないんだけどな」って、宿の屋上で体育座りをして「つまらんなぁ」と思っていた時に、人生のひらめきを得たんですけど。「壁画とか描いて、無料で泊めてもらえんかなぁ」って思いついたんですよ。べつに私は失うものないから。オーナーに「壁画を描くから、その代わり無料で泊めて」って頼んだら、「ちょうど絵が欲しかったんだ」って言われて。「へぇ~」ってなって。ちょうどこの部屋ぐらいの壁に、キッチンだったんですけど「何か描いてよ」とか言うから。「本当に描けるんだ!」みたいな。壁画なんて、描いたことはなかったんだけど。描き始めたらはまっちゃって。

ーー描けたの?

今見たら、5年前のその絵は荒削りな感じはしますけど。ただその時は初めて描くし、アクリル絵の具にどのくらい水を混ぜて使うかとか、全然知らないんだけど。楽しさが勝っちゃって「失敗するわけない!」みたいな気分で楽しく描いていて。「もっと壁画が描きたい!」という気持ちになって、描き終わったら宿を変わって、また交渉しに行って。

ーーそれはどういう風に交渉したの?

コンコンと宿をノックして、「Hello!」って。スペイン語圏なので「Hello!」が通じない時もあるんですけど、gogle翻訳で「ヘキガカキタイ!」みたいな。そしたら、メキシコも壁画の国だから。

ーーそうですよね。文化活動というか、社会活動として。

だから意外と、快く描かせてくれて。それに味をしめて、ゆっくり描いて滞在日数を稼ぎながら。また次のところを描きながら、他を探しにいって…転々としていて。夜の11時ぐらいまで熱中して描いていて、宿のオーナーが「もう、休みなよ」って止めにくるぐらい、ご飯とかも食べずに描いちゃって。私、旅行の時は「食」がすごく楽しみなんですよ、どの国に行っても。その食事を横においてまで熱中してるということは「すごい絵を描くことが好きなんだ」と思って。「絵の仕事したいなぁ」と、そっから始まったんで。だから今の状況を、5年前の自分に「あんた、こんな仕事させてもらえるんだよ」と言ってあげたいですけどね。

ーー旅を終えて、日本に帰ってきて、そこから絵描きとして、仕事としてキャリアをスタートさせて。やっぱり何か感覚とか、変わってくる部分があると思うんです。そのあたりをちょっと聞いてみたいんですが。

旅先では別にお金を貰わないので、お金を貰わない分、好きに描けるというか。今でもそういう活動はしていて。お休みをつくって、アフリカの小学校とかメキシコの孤児院に行って、「絵を描かせて」と言って描いて。でもそれは本当に私が勝手にやってることだから、好きにできる、気持ち的にも。でもお仕事だと、多少の緊張感はありますよね。だけどやっぱり楽しみのほうが勝つかも、毎回。壁画の制作が始まる前日は、眠れなかったりするんですよ、楽しみすぎて。だから今でもそういう感じだから。大きな壁に向かって描けるということが、仕事とはいえ、楽しい。楽しさはずっと残っている。それが第三者の手が入ったりして、修正とかあると、どんどん辛くなったりしたけど。でも楽しいは、楽しいかな。

ーールルさんは自分の絵を、どんな絵だと思います?共通点というか。「私の絵はこういう絵です」というものは、ありますか?

えーっと、毒がない…平和的な絵。なんて言うんだろう。結構、アフリカでもアジアでも、みんな「いいね」って言ってくれるんですよ。アフリカの人も、アジアの人も、ヨーロッパの人も。みんな同じことを言うんですよ、「明るくなるね」って。日本で展示をしても、子供も見てくれるし、おじいちゃん、おばあちゃんも見てくれる時もあるけど、みんなそろって「楽しい気持ちになるね」って言ってくれるから、それはすごく励みになって。自分も「楽しい~!」って気持ちで描いたものが、伝わっているのかなって。国も年齢も関係なく、みんな同じことを言ってくれるのはうれしいですね。

ーー絵というもの持っている力、純粋な力を、俺は初めて見た時に感じて。美術作品として、どういう文脈があるかとかじゃなくて…

じゃないの!私。そういうのがないんですよ!

ーーただただ、ぱんっと入ってくるエネルギーがポジティブで、純粋でキラキラしている。それが世界共通言語になっていて、どこの国でもそこから伝わっていくのが魅力なんだなと思うし。

だからコンセプトとか聞かれても、正直なくって。自分で個展で出す絵とかは、鳥を見て「かわいい」と思って描いたり。海潜って「海がきれい」と思って描いたり。ただそれだけなんですよ。見たものを変換して「こんな感じだったなぁ」を描く。でも見て、描くということがすごい楽しくて。あんまり、わかってもらえないんですけど。もう、突っ込みたくなるくらい、楽しいんですよ。壁に「うわぁ~!」って入っていきたいくらい。本当に楽しくって、描き出すときとか。それは内なるものなんですけど。

ーー実際にぶつかってはいない(笑)?

でも描きあがった時は、ニヤニヤして笑いが止まらんっていうときはありますよ。うれしくて。そんなだから、難しい表現をしたいものはないけど。ただただ、楽しい。

ーー今後、トライしてみたいことは?

それもよく質問されるんですけど。日本は世界の中でも、物の値段とかも高い方だから、ちゃんとお金を貯めて好きなところに行って。旅行して思ったのは、どこの国の子でもカラフルなものが好き、絵を描くのが好き。それはどこも共通なんだけど、国によって色鉛筆が買えない状況があって、それはすごくかわいそうだなって。そういう子達にも、そういうものに触れる機会はあった方がいいから。そういう所に行って、サンタクロース的な存在になれたらいいなと思って。絵をプレゼントしに行く。「クラウドファンドでやればいいじゃん」とか、色々な方法はあるんですけど。でも今は、自分でつくったお金で自分の好きなように好きな場所に行って、誰にも何も言われずにやりたい。それがやっぱ、つづけたいことかな。

日本でやりたい活動でいえば、もっと大きい絵が描きたくって。もっと大きい所で、規模の大きい展示とかもしたいし。日本の病院とか、障害施設とか、毎日の気分を晴れやかに過ごしてほしい人がいる場所に、壁画を描いていきたい。

ーーこの部屋は「偕老同穴」というタイトルなんですけれども。小エビが、海綿生物である偕老同穴の中に入って、つがいで一生過ごす。子供ができたら、子供たちはまた新たな偕老同穴に入って…という。部屋の奥には、本物の偕老同穴が置いてあるんですよね。ガラスの繊維できているような。ちょっと信じがたい世界観というか。偕老同穴自体もプロダクトとしてクオリティが高いというのが、僕的には面白いんですけど。「男女のつがいが一生添い遂げるという空間」。このコンセプトについて、ルルさんはどう感じました?

あぁ、私はムリ!(笑)だって、ずっとこんな中にいるんですよ!ムリじゃないですか?外出たいし。でも、かわいらしいですけどね。そんなちっちゃいエビが、ずっーっとそんな中にいて。外に行かなきゃ危険がないから、ここにいれば安全みたいな感じで。キャラクターみたいな感じで考えたら、かわいらしいなとは思う。

ーーただ、自分に置きかえたときには。

ずーっと一緒の同じところには、いれない…。

ーーそういう意味では、ここはロマンチックな部屋ですよね。ストーリーを感じて、一晩過ごすということは。そんな気持ちになりたいこともあるじゃないですか。

ここはコンセプトを知って、より面白さが理解できる部屋というか。知らなかったら「なんで小エビばっかり描いてるんだろう」って。700匹ぐらい描いたんじゃないですか、私。あんまり言うとあれだけど、隠したりしているんですよ。いろんなとこに、エビを。

ーーえー!!!「小エビを探そう」みたいな楽しみ方もあるんですね。

だから「こういう部屋なのね」というのがわかった方が、より面白いんじゃないかな。

ーー女の子と二人で「アートホテルに泊まろう」とここに来て。女の子が予約をしていて、僕がこの部屋に連れてこられて。「男女のつがいが一生添い遂げるという空間」というコンセプトを聞かされたら、めちゃくちゃ怖い(笑)。逃げたい。

男側としたら、「そういう意味が隠されているのかな」って。

ーールルさんにとって旅したり、自由に動いていること、絵を描くことは、自分の生きがいでもあり、自分と向き合うことでもあると思うんだけど。パートナーをもつということについては、どう考えていますか?

私は…相当むずかしいと思うんですよ。やっぱ自由に動きたいし、一人でうごいてやっていることが、すごい楽しくて。ぜひこれはつづけたくて、自分の中で。だからそれを一緒にやれる人…がいいですよね。

ーー自分の活動を共にできる?

向こうは向こうで、活動してくれていいんですけど。できれば自由に動けたりすると、「この人といた方がもっと楽しいかな」という風がいい。

ーーある種、偕老同穴に暮らす小エビとは真逆の生き方のルルさんが描いた世界なんですね。深海のイメージについては?

深海は、けっこう好きで。深海の生物の形って独特じゃないですか。普通の魚の形とは違う形をしているから、参考に見たりするんですが。今回はここには描いていないけど。より神秘的な感じがするので、深海は好きですね。よく見る、図鑑とか。

ーー自分がダイビングしたときに見たり?それは深海ではないだろうけど、海の中を見たり?

海の中を潜るのが好きで。免許もとって旅行中も潜ったりしたんですけど。とにかく、わたしは生きてるものが好きなんですよ。だからめっちゃかわいい、魚が。いつも非現実的だし、いつも見れないものが目の前にいっぱいあって。人工的なものが何もない、自然のものだけの世界だから。人工的な音とかとかもしないじゃないですか。そういうところがすごい好きで。この部屋とまったく関係がないけど、アフリカのサファリパークみたいな国立公園に行ったとき、獣たちの呼び合う声と風と鳥と虫の声、それしか聞こえないんですよ。その音が一生聞いていられるほど、良くて。だからそういう自然だけの音が、海の中もそうだし。うん、好きですね。山の中も一人で行くし、一人用のテントとか持って、一人で泊まってきたりするんですけど。自然が好きで。

ーー色んな場所を旅してきたルルさんですが、京都の街にはどんな印象を持ちましたか?

私は古いものが好きだから。京都の街は古いものを活かしているじゃないですか、街全部が。それがいいなと思って。名古屋とかはけっこう壊していっちゃうんですよ。「あぁ、もったいないなぁ」と。二度と、つくれないから、古いものは。壊しちゃったら。だから京都の街は歩いていても楽しいし、裏路地とかを歩いた方が古いものがたくさん残っていて、楽しい。

製作期間中は、近くのカレー屋とかに行きましたね。インド人がやってるところ。でも制作中は時間の余裕があまりない感じで、こもって描いていたからすごく観光したわけじゃないけど。終わったときに、名前は忘れちゃったけどタルトタタンの店に行きましたね。そこは行って、おいしかったけど。

ーー古いものを活かして、残して街がつくられていく。京都そのものでもありますね。そこはプライドを持っている。

そういうものがある中に、こういうすべて新しい最先端のものとかもあって。それが魅力でしょうね、そうやって進化している感じが。京都って他のどことも違う。

ーー最後に泊まった方へ、メッセージをお願いします。

なかなかこういうあみあみの天蓋がついたお部屋っていうのは、ホテルの中でもないだろうし。ぜひ偕老同穴のストーリーを含め、海の中の海底に寝そべっているような、そんな想像をしながら、ここで休んでもらえたらうれしいですね。

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