トンネルのように丸く作られた空間全体に描かれるのは、アーティストの旅と夢。作家の河野ルルの原点は、長期旅行でたどり着いた先のメキシコ。その旅の中で絵を描き始め、それが彼女の仕事となり、今は絵を描くために世界中を旅している。
彼女が旅で何を見て何を感じたのか。その断片を知ることのできる、旅の思い出をまとめたコラージュや著書が置かれている。それらに目を通しながら、彼女が体験した旅を、あなたも共に感じてみてほしい。
この部屋は、そんな彼女がみる夢の絵日記なのだ。今から話してもらうのは、これまで彼女がしてきた旅の話。旅の中で見てきたもの、感じたことを聴きながら、宙に浮いた楕円形のベッドに寝転び、あなたもいつしか、旅の夢・夢の旅へ。
ーー初めに自己紹介をお願いします。
河野ルルです。名古屋に住んでいて、絵をかいています。
ーーアーティストとしての活動も、「絵描き」という…
かなり「ボロい」家に住んでいて、私。家賃も23,000円だし。最近、大家さんと交渉して値切って。さらに2,000円まかったの。一人暮らしだし、そんなにお金もかからないから、今は絵だけで生きのびていられるかな。
ーールルちゃんの作家活動の中で、「旅」が重要なテーマだと思うんですが。旅と制作活動は、どのようにつながっていったのか、ルルちゃんにとって旅はどういうものなのかを聞かせてください。
私がそもそも絵を描き始めたのは、5年前ぐらいで。5年前に会社員を辞めて旅行しようと思って、色々な国をまわってて。最後にメキシコに着いた時に、お金がなくなっちゃって。でも日本にまだ帰りたくないからっていって、宿で掃除とかをやって無料で泊めてもらっていたんですけど。
ーーその時点ですごいけどね。
でも、超つまらないし! 「こんなことをするために、旅をしているわけじゃないんだけどな」って、宿の屋上で体育座りをして「つまらんなぁ」と思っていた時に人生のひらめきを得たんですけど。「壁画とか描いて、無料で泊めてもらえんかなぁ」って思いついたんですよ。べつに私は失うものないから。オーナーに「壁画を描くから、その代わり無料で泊めて」って頼んだら「ちょうど絵が欲しかったんだ」って言われて。へぇ~ってなって。ちょうどこの部屋ぐらいの壁に、キッチンだったんですけど「何か描いてよ」とか言うから。「本当に描けるんだ!」みたいな。壁画なんて、描いたことはなかったんだけど。描き始めたらはまっちゃって。
ーー描けたの?
今見たら、5年前のその絵は荒削りな感じはしますけど。ただその時は初めて描くし、アクリル絵の具にどのくらい水を混ぜて使うかとか、全然知らないんだけど。楽しさが勝っちゃって「失敗するわけない!」みたいな気分で、楽しく描いていて。「もっと壁画が描きたい!」という気持ちになって、描き終わったら宿を変わって、また交渉しに行って。
ーーそれはどういう風に交渉したの?
コンコンと宿をノックして、「Hello!」って。スペイン語圏なので「Hello!」が通じない時もあるんですけど、gogle翻訳で「ヘキガカキタイ!」みたいな。そしたら、メキシコも壁画の国だから。
ーーそうですよね。文化活動というか、社会活動として。
だから意外と快く描かせてくれて。それに味をしめて、ゆっくり描いて滞在日数を稼ぎながら。また次のところを描きながら、他を探しにいって…転々としていて。夜の11時ぐらいまで熱中して描いていて、宿のオーナーが「もう、休みなよ」って止めにくるぐらい、ご飯とかも食べずに描いちゃって。私、旅行の時は食がすごく楽しみなんですよ、どの国に行っても。その食事を横においてまで熱中してるということは「すごい絵を描くことが好きなんだ」と思って。「絵の仕事したいなぁ」とそっから始まったんで。だから今の状況を、5年前の自分に「あんた、こんな仕事させてもらえるんだよ」と言ってあげたいですけどね。
ーー旅を終えて日本に帰ってきて、そこから絵描きとして、仕事としてキャリアをスタートさせて。やっぱり何か感覚とか、変わってくる部分があると思うんです。そのあたりをちょっと聞いてみたいんですが。
旅先は別にお金を貰わないので、お金を貰わない分、好きに描けるというか。今でもそういう活動はしていて。お休みをつくって、アフリカの小学校とかメキシコの孤児院に行って、「絵を描かせて」と言って描いて。でもそれは、本当に私が勝手にやってることだから、好きにできる、気持ち的にも。でもお仕事だと、多少の緊張感はありますよね。だけどやっぱり楽しみのほうが勝つかも、毎回。壁画の制作が始まる前日は、眠れなかったりするんですよ、楽しみすぎて。だから今でもそういう感じだから。大きな壁に向かって描けるということが、仕事とはいえ、楽しい。楽しさはずっと残っている。それが第三者の手が入ったりして修正とかあると、どんどん辛くなったりしたけど。でも楽しいは、楽しいかな。
ーールルさんは自分の絵を、どんな絵だと思います?共通点というか。「私の絵はこういう絵です」というものは、ありますか?
えーっと、毒がない…平和的な絵。なんて言うんだろう。結構、アフリカでもアジアでも、みんな「いいね」って言ってくれるんですよ。アフリカの人も、アジアの人も、ヨーロッパの人も。みんな同じことを言うんですよ、「明るくなるね」って。日本で展示をしても、子供も見てくれるし、おじいちゃん、おばあちゃんも見てくれる時もあるけど、みんなそろって「楽しい気持ちになるね」って言ってくれるから、それはすごく励みになって。自分も「楽しい~!」って気持ちで描いたものが伝わっているのかなって。国も年齢も関係なく、みんな同じことを言ってくれるのはうれしいですね。
ーー絵というもの持っている力、純粋な力を、俺は初めて見た時に感じて。美術作品として、どういう文脈があるかとかじゃなくて…
じゃないの!私。そういうのがないんですよ!
ーーただただ、ぱんっと入ってくるエネルギーがポジティブで、純粋でキラキラしている。それが世界共通言語になっていて、どこの国でもそこから伝わっていくのが魅力なんだなと思うし。
だからコンセプトとか聞かれても、正直なくって。自分で個展で出す絵とかは、鳥を見て「かわいい」と思って描いたり。海潜って「海がきれい」と思って描いたり。ただそれだけなんですよ。見たものを変換して「こんな感じだったなぁ」を描く。でも見て、描くということが、すごい楽しくて。あんまりわかってもらえないんですけど。もう、突っ込みたくなるくらい楽しいんですよ。壁に「うわぁ~!」って入っていきたいくらい。本当に楽しくって、描き出すときとか。それは内なるものなんですけど。
ーー実際にぶつかってはいない(笑)?
でも描きあがった時は、ニヤニヤして笑いが止まらんっていうときはありますよ。うれしくて。そんなだから、難しい表現をしたいものはないけど。ただただ、楽しい。
ーー今後、トライしてみたいことは?
それもよく質問されるんですけど。日本は世界の中でも、物の値段とかも高い方だからちゃんとお金を貯めて、好きなところに行って。旅行して思ったのは、どこの国の子でもカラフルなものが好き、絵を描くのが好き。それはどこも共通なんだけど、国によって色鉛筆が買えない状況があって、それはすごくかわいそうだなって。そういう子達にも、そういうものに触れる機会はあった方がいいから。そういう所に行って、サンタクロース的な存在になれたらいいなと思って。絵をプレゼントしに行く。「クラウドファンドでやればいいじゃん」とか、色々な方法はあるんですけど。でも今は、自分でつくったお金で、自分の好きなように好きな場所に行って、誰にも何も言われずにやりたい。それがやっぱ、つづけたいことかな。
日本でやりたい活動でいえば、もっと大きい絵が描きたくって。もっと大きい所で、規模の大きい展示とかもしたいし。日本の病院とか障害施設とか、毎日の気分を晴れやかに過ごしてほしい人がいる場所に、壁画を描いていきたい。
ーーこの部屋を制作するきっかけ、経緯について教えてください。
アートディレクターである「アシタノシカク」の大垣さんが、「こんな面白いホテルのプロジェクトが始まるかもしれなくて、そしたらルルちゃんの部屋をつくろう」と言ってくれていて。そのときから「ルルちゃんの好きな絵を描いた旅の部屋、ええやろ?」って。「そんな最高なお仕事、いいですね~」って言っていたら、本当にお話が進んで正式にオファーしてくださって。
ーー空間のディレクションをする大垣さんと一緒に構想を考えつつ、ルルさんが作家として描いたのは、この絵だと思うんですよ。この絵は、旅の心象風景…という風に説明しらよいのかなと思うんですけど。
そうですね。本当につくりやすいテーマをいただいて。旅で見てきたものをいろいろ描いて。私がいつも普通に、作品として描く絵も、こういうモチーフを組み合わせた絵が多いから。すごく描きやすくて、この描き方というか。「旅の夢、夢の旅」というテーマの部屋だから、今まで旅で見てきたものとか、夢の中に出てきそうなものとか。ベッドもブランコのようになっていて、ふわふわした浮遊感の中から出てきそうなモチーフとか思い返したり、旅のことを考えたりしながら描きました。
ーー思い入れがある部分は?
私はとにかくインドが好きだから、まずガネーシャを描いて。大きいものを最初に描きました。
ーーサイズが大きい絵は、描きたかった要素を描いたんですね。
十字架のモチーフは、メキシコってキリスト教で。すごいカラフルにモチーフを描くから、民芸品でも。イスラム圏のアラーかな。手に目がついているモチーフのものを、イスラム圏ではよく見かけるんです。それも、一個一個が、すごく宗教色が強いものにせず、カラフルに、イラストとしてかわいいものとして描けたらいいなと思って。ちょっとお花を入れて描いたり。タイに行った直後だったから、この部屋の壁画を描き始めたのが。「あぁ、懐かしい」と思いながら、トゥクトゥクを描いたり。
ーーひとつひとつに、思い入れがあるんですね。
あと外国人のゲストも多いと思ったから、お寿司とか、お団子とか、お風呂屋の暖簾とか、神社とか、そういうのも入れたり。あと、小さく最後の方に描いたんですけど、外国の通貨のマーク。¥、€、$とかも入ってるし。それと私が勝手に考えたマークとかもいっぱい描いてあるんですよ。
ーー世界を旅してきた中で見たものをきっかけにして描いているけど、ルルさんの世界の中でそれを捉えなおして、絵にしているんですね。
捉えなおして絵にしたり、色を変えて描いたりとか。
ーー絵を描いていくときに、テーマに置いていることとか、見る人にこういう感覚になってほしい、みたいなことはありますか?
きっと、日本以外にもいろんな国を旅している人が泊まるだろうから、しかもいろんな国の人が。絵を一個一個見て、話のネタになったらいいなというか。その人それぞれで、例えばインドに行ったときの、アメリカに行ったときの思い出は、その人それぞれ違うじゃないですか。だから例えばガネーシャを見ても、「インドでこんなことがあったよね」「インドに行ってみたいよね」と、人ぞれぞれ話す内容が違うと思うんで。そういう風に、その人その人が絵を見ながら、楽しい会話をしてくれたらいいなと思います。
ーー絵をきっかけに、妄想をふくらませてくれたらいいですね。ルルちゃんのつくった「旅の夢 夢の旅」をきっかけに、この浮遊するベッドでまた新しい夢を見るんでしょうね。
ーーこの部屋に置かれているスタンプやZINEがありますけど。旅を共有するための補足になると思うんですが。ゲストにこのツールをどういう風に使ってほしいなど、要望はありますか?
このZINEは、私が1年間、色んな国を旅した際に、印象に残ったものを写真にまとめたもので。行ったことのない国は「行ってみたいね」と楽しんでもらったり。
ーー僕は、河野ルルという人間を身近に感じるためのきっかけ、なのかなと思ったけど。実際見た景色を共有するというか。スタンプはTシャツに押してる人もいたよね。何に押してほしいですか?日本では観光地によくあるけど、海外の人にとっては馴染みのないものかもしれないし。
私は、旅行の時に、日記をつけるためにノートを持っていったりするんですけど。そういうノートに押してもらったり。アートディレクターの大垣さんは、パスポートに押すスタンプをイメージしたと言っていましたね。このスタンプはパスポートには押せないけど、どこか記念に押してもらえたらうれしいですね。
ーー色んな場所を旅してきたルルさんですが、京都の街にはどんな印象を持ちましたか?
私は古いものが好きだから。京都の街は古いものを活かしているじゃないですか、街全部が。それがいいなと思って。名古屋とかはけっこう壊していっちゃうんですよ。「あぁ、もったいないなぁ」と。二度とつくれないから、古いものは。壊しちゃったら。だから京都の街は歩いていても楽しいし、裏路地とかを歩いた方が古いものがたくさん残っていて楽しい。
製作期間中は、近くのカレー屋とかに行きましたね。インド人がやってるところ。でも制作中は時間の余裕があまりない感じで、こもって描いていたから、すごく観光したわけじゃないけど。終わったときに、名前は忘れちゃったけどタルトタタンの店に行きましたね。そこは行って、おいしかった。
ーー古いものを活かして、残してまちがつくられていく。京都、そのものでもありますね。そこはプライドを持っている。
そういうものがある中に、こういう、すべて新しい最先端のものとかもあって。それが魅力でしょうね、そうやって進化している感じが。京都って他のどことも違う。
ーー宿泊してくれるゲストへ、メッセージをお願いします。
ぜひとも、この部屋の絵を一つひとつ見て、楽しんでもらえたらうれしいです。このホテル自体も面白いじゃないですか。共有部分も、他の部屋も全然違うし。「私の部屋はこんなのだよ」と、そういうところでもコミュニケーションが生まれたら。それはきっと、ホテル側としても大前提でやっていると思うけど、作家としてもそんな風になったらいいなと思いますね。