大湯環状列石にある2つのストーンサークルは双子のように似ている。そのことから計画的に作られたものではないかと考えることができる。また、ほとんどの石が同じ緑色の石で作られていることも大きな特徴だ。この緑色の石は遺跡の近くを流れる川の上流から運んできたといわれるが、1人で運べるようなサイズではない。なぜ、そこまでの労力を使って緑の石にこだわったのだろうか。

ヒントになるとすれば、縄文人は同じ緑色をした翡翠を好んでアクセサリーにしていたという。森の恵みを受けて暮らしていた縄文人は、緑色の石に、命あるいは「生」のイメージを重ねていたのだろうか。だとすれば、お墓であるストーンサークルに「生」のイメージである緑色の石を使ったのはなぜだろう。死者の再生を願ったのだろうか? 緑色の石にこだわってストーンサークルを築き上げた理由を、あなたならどう考えるだろうか。

ちなみに、このストーンサークルの中に「日時計状組石」と呼ばれるものがある。次の写真を参考に探してみてほしい。地面と垂直に立っている石が目につくが、その周囲の石をよく見ると4つの丸石がある。これはほぼ東西南北の方向を示している。これが日時計なのかはわからないが、立っている石から伸びる影を4つの丸石と照らし合わせることで、春夏秋冬の四季を測ることができる。これには、どんな意味があるのだろうか?

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