日本で一番、世界で二番目に急な坂を登る電車、それが箱根登山鉄道だ。箱根の玄関口である箱根湯本と、箱根の山の中腹にある箱根強羅公園をつなぐ鉄道として、作られた。

開業したのは、1919年。まだ、日本人が着物を着て生活していた大正時代のことだった。当時の日本には箱根の険しい山に線路を敷く技術はなく、スイスの登山鉄道を参考にした。そのつながりは今も続いていて、箱根湯本駅と強羅駅のホームに設置されたカウベルは、姉妹鉄道協定を結んでいるスイスのレーティッシュ鉄道から贈られたものだ。

箱根登山鉄道の最も急な坂道にさしかかると、先頭車両の運転席と最後尾にある乗務員室の高低差が3両編成の場合3.6メートルにもなる。この坂道を登りきるために、さまざまな工夫がなされている。そのひとつが、スイッチバック。

スイッチバックとは、電車が前に進んだり、後ろに進んだりしながらジグザグに坂を登る方法。スイッチバックすることによって、山に沿ってぐるりと線路を張り巡らせることなく、山肌に張り付くようにして山を登ることができる。

箱根登山鉄道では、箱根湯本駅から強羅駅までの間で3回、出山信号場と大平台駅、上大平台信号場で進行方向が切り替わる。そのたびに、先頭車両にいる運転士と最後尾の車両にいる車掌も入れ替わる。古い車両の時、窓の外に見える運転士の動きに注目してほしい。その手に持っているのは、電車のブレーキ弁ハンドル。そう、スイッチバックのタイミングでそのハンドルも取り外して、持ち運び、毎回付け替えるのだ。

運転士が安全を確認し、車両を乗り換え、再び発車するまでの目安は、1分。意外に、短い。だから、雨や雪が降っている時、運転士は少し緊張する。屋根がない信号場のホームだと、滑って転ぶ可能性があるからだ。実際、過去にはホームから線路に落ちてしまった車掌もいる。その姿を乗客に目撃されたら恥ずかしいし、万が一にもケガをしたら、電車の運行に差し支える。そうならないように、迅速かつ慎重に行動する。

無事に再出発してからも、気が抜けない。スイッチバックすることを知らない乗客が、ときどき、「なんで戻ってるんだ!?」と疑問の声を上げることがある。そういう時は車掌の出番。

普通の電車では見ることのない、箱根登山鉄道ならではの小さなドラマが、日々、起きているのだ。かつて、こんな珍事件もあった。

ある日のこと。いつものようにスイッチバックしようと出山信号場に入ったら、3、4人の女性がいた。信号場で乗客が降りることはできないし、もちろんそこから乗車することもできない。そこにいるはずのない人を見て驚いた運転士が「どうしたんですか?」と聞くと、「どこそこに行こうと思ったら、ここに出ちゃったんです」と言う。

どうやら、登山をしていて道に迷い、さまよっているうちに出山信号場にたどり着いたようだ。しかし、ルール上、信号場で人を乗せることはできない。運転士が「もと来た道に戻ってください」と伝えたところ、女性たちは疲れ果てた様子で「もう動けません」と訴えた。

ここでルールを重視するか、人助けを優先するか。運転士は緊急事態と判断し、女性たちを乗せて、山を下ったそうだ。これは、箱根登山鉄道102年の歴史のなかでも一度きりのことで、「特別中の特別の出来事」だという。

箱根登山鉄道の知られざる歴史に思いをはせながら、スイッチバックの音をどうぞ。

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