仙石原のすすき草原には、毎年3月にだけ、聞くことができる音がある。パチパチ、パチパチ。これは、すすきが燃える音だ。でも、火事ではない。

仙石原のすすきは、箱根の秋の風物詩になっている。台ヶ岳の斜面を覆いつくすすすきは、東京ドーム5個分、22.7ヘクタールに及び、関東一の規模を誇る。

太陽の光がさせば黄金色の穂がキラキラと輝き、風が吹けば波のようにたなびく。その幻想的な景色に惹かれて、秋には大勢の観光客が仙石原に足を運ぶが、このすすき草原は自然の姿ではなく、人間の手によって保たれていることをご存じだろうか?

すすき草原を放っておくと、ほかの植物や樹木が生えてきてしまうため、毎年3月、山焼きが行われている。すすき草原に火を放ち、一度、すすきを含めてすべての植物を焼き払う。そうすると、生命力の強いすすきが焼け野原で芽吹き、秋になるとたわわに穂を実らせるのだ。

山焼きは箱根町の一大行事で、専門業者に依頼して詳細な天気予報を行ってもらい、風がない日を選んで実施される。万が一にもほかの地域に火が燃え移ったら大変なことになるので、当日は消防職員約80名、関係スタッフを入れると200名ほどが現場に出向く。

広大なすすき草原に火が燃え広がる景色は圧巻で、見たこともない高さの炎があちこちからたちのぼる。その熱もすさまじく、うっかり近づくとスマホが溶け、眉毛が焼けてなくなるそうだ。ある年には、燃え盛る炎のなかから、イノシシが飛び出してきたこともあるという。

野焼きはすすき草原の保全のために行われているため、実施日の広報はしていない。しかし、問い合わせがあれば答えるので、この迫力ある風景を一目見ようと集まる見物客も少なくない。見物客の安全を確保するため、当日は見学スペースを設けているそうだ。

すすき草原は、過去に一度、雑木林になったことがある。1970年から18年間、山焼きをしていなかったため、ほかの植物が繁殖したのだ。その反省もあり、1989年からほぼ毎年、山焼きが続けられてきた。仙石原の秋の絶景は、春の炎から生まれるのだ。

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