雨の降る日。
見慣れた景色がにじんで見える。
色と色との境目がほどけて、混ざり合う。
そんな日に差したいのは、鮮やかな色の傘だ。
よく見ると、傘の模様もにじんで見える。
水を含ませた筆をさらっとすべらせた、水彩画みたいに。
そんな表現ができるのは、特別な織り方をしているから。
染め上げた生地を、もう一度ほぐしてから織りなおす。
その技法の名前は「ほぐし織り」という。

技術を磨いて商品価値を高める

舟久保織物では、傘の生地を中心に生産してきた。3代目の舟久保勝さんは、ネクタイを中心としたジャカード織物に力を入れようとしていた。しかし、クールビズのこの時代、ネクタイの売れ行きは思わしくない。そこで、以前から関わっていたほぐし織りに活路を見出そうと、生産設備の大幅な転換を試みた。

ほぐし織りとは、1788年にフランスのリヨンで確立された技法だ。「シネ織り」(フランス名:シネ・ア・ラ・ブランシュ)という輸入絣を原型としている。さらにその大本は、インドの「イカット」と呼ばれる絣織りで、これが海洋貿易を通じてフランスまでもたらされたのだ。イカットは、輸入品なので大変高価だった。そのため、ポンパドール伯爵夫人が、当時リヨンで庇護していた織物業者にイカットのようなものを作らせた。これがシネ織りの始まりと言われている。水彩画のように模様がにじんで見えるのが特徴で、王侯貴族の夏用のドレス生地として流行した。マリーアントワネットも愛用していたそうだ。この技法が日本に伝わったのは明治40年頃のことだ。初めは秩父銘仙が商標登録され、その後、伊勢崎、足利でも商標登録され各地に広がった。山梨産地には八王子を通してもたらされた。

その名の通り、ほぐし織りの工程には「ほぐす」作業が含まれている。どういうことかというと、まずは縦糸に数センチ間隔で横糸を通して「仮織(かりお)り」をする。これを平台の上に載せて、糊と混ぜ合わせた染料を鹿の毛の丸刷毛を用いて、シルクスクリーンを使い模様をつけていくのだ。何色もの色を重ねて染め上げると、次は新聞紙にはさんで余分な染料を吸わせ、さらに高圧釜で蒸して色を定着させる。それから、もう一度織機に縦糸をつけ直す。染料の糊で固まった縦糸をここで「ほぐし」、仮織りしていた横糸を手作業で一本ずつ抜いていく。織機には、色のついた縦糸だけが残る。これを改めて本織(ほんおり)として織っていくのだ。水彩画のようなやわらかくにじんだ味わいは、後から横糸を通して織り上げていくことで生まれる。舟久保織物では、染めるための工場も新たに用意した。ほぐし織りを続けている工場は他にもあるが、染めと織りの両方を自前で行っているのは舟久保織物だけだ。

ほぐし織りは通常の織物より2倍も3倍も手間がかかる。しかし、これまでの流通の仕組みでは、その手間に見合うだけの価格をつけることが難しかった。ハタヤは製品を卸すだけで、値段を決めるのは問屋だったからだ。しかし、染めと織りをひとつのハタヤで完結できるようになった今、主導権は変わり始めている。ただ、ハタヤが自分で値段をつけられるようになったとしても、これまでと同じ商品を大幅に値上げすることはできない。だからこそ、他では簡単にはまねのできない新たな製品を生み出していく必要がある、と勝さんは話す。

たとえば、「シャンブレー」や「玉虫」と呼ばれる織物がある。縦糸と横糸の色を変えて織るので、見る方向によってガラリと色が異なって見える。これを舟久保織物では、さらに立体的に見せるために「三重織り」「四重織り」という技法を組み合わせようとしている。一度に3枚、もしくは4枚の薄い生地を重ねて一気に織り上げる技法だ。それぞれの層で違う色の横糸を使うことで、通常のシャンブレーよりもさらに複雑に発色する。一見すると一枚の布に見えるが、間に空気の層ができるため、布を通して差し込む光は屈折し、その影は立体的に見える。

「自分ができることは他の人にもできる」と勝さんは言う。けれど、そこにかける労力は、誰でもまねのできるものではない。新しいものを生み出そうとして試作をするには労働力が必要だ。さらに、そのために織機も一台ふさがってしまうから、既存の製品を織るペースも不規則になってしまう。それでも、これまでと同じ物をただ織り続けるだけではなく、新しい物に挑戦していくのだ。引き継がれた伝統の技術を使い、これまでにない製品を生み出す。そうして生まれた新たな価値が経済的な支えになり、伝統の技術を次の世代に伝えて行く糧となる。

舟久保織物では、第三土曜日にオリジナルデザインの傘を直接購入できるほか、キーホルダーやアクセサリーにもなる「ミニシャトル」の糸巻き体験(1,700円)や、ほぐし織りの布を使ったブックカバー作り(3,000円)等が体験できる。超絶技巧を自身の目で体感して欲しい。

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