無垢な肌に触れる布は、やっぱり生まれたままのものがいい。
効率を求めて大量生産されたものじゃなく、それを使う誰かのことを思って織られた生地。
農薬を使わずに育てられたコットンで、化学薬品を避けて丁寧に作られた物たちは、誰の肌にもやさしい。
大切な人に使ってもらうなら、こんな布で作られたものがいい。
前田源商店は、もともとは絹の傘生地の買い継をしていた。ファッションの流行に乗り、高級ブランドのハンカチをつくっていた時代もある。しかし、ファッションの流行りはあまりにも変化が激しい。長く愛用してもらえるようにと、草木染めのシルクのハンカチをオリジナルで開発していたが、これは思う程売上が上がらなかった。そんなある日、展示会でたまたまオーガニックコットンと出逢う。草木染めというナチュラルな製品を先に手がけていたこともあり、オーガニックコットンによる生地の開発を始めようと決める。1993年のことだ。
この地方で織られていた布は、「甲斐絹」と言われるように、絹の糸を使ったものが主だった。織機もそれに対応して、絹のような細く長い長繊維の糸を織るために開発されてきた。同じ織機で短繊維のコットンを織るのはとても難しい。それでもどうにか製品を開発する。しかし、1990年代の当時、日本ではまだオーガニックコットンはほとんど馴染みがなかった。農薬を使って育てられた、よく見られるコットンに比べ、値段は2倍以上。生地を売ろうとしても、最初は誰も買ってくれなかった。
しかし、「製品だったら扱いますよ」と言ってくれる販売店が現れる。最初に作ったのは、シンプルなハンカチだった。オーガニックコットンは、見た目だけでは農薬を使ったコットンとの違いはわからない。でも、「使ってみれば必ずその良さがわかる」と前田市郎さんは言う。次第にオーガニックコットンの商品は浸透し始めた。お客さんの要望を取り入れながら、Tシャツなどの新たな商品も作るようになっていく。
現在は、タオルを織るハタヤや、ポロシャツやニットをつくるメーカーとも一緒に商品開発をしている。オーガニックコットンに、天然素材のウール、シルク、麻などを組み合わせて、新たな生地の開発も行う。薄いガーゼのような素材から、一枚でコートにもなるような厚い素材まで、使用範囲の広いさまざまな生地が生み出された。現在の生地の蓄積はなんと900種類。加工方法にも気を使い、ケミカルなものは使用しない。化学物質過敏症の人でも安心して使える生地がそろっている。
綿は、直接口に入れる農産物ではないため、大量の農薬を使って育てるのが一般的だった。それは、綿を育てる畑で働く人にとって劣悪な環境だ。農薬を一切使わないオーガニックコットンを選ぶということは、そこで働く人たちへの支援にもなっている。まだまだ日本よりも海外のほうがオーガニックコットンの認知度は高い。「日本でも若い人にたくさん使ってもらいたい」と前田富男さんは話す。
「オーガニックコットン」と銘打たれた商品は、近頃は量販店でもよく見かけるようになってきた。前田源商店のオーガニックコットンは、よりランクの高いものだ。グローバルオーガニックテキスタイルスタンダード(GOTS)や、日本オーガニックコットン流通機構(NOC)に認証されたこれらの生地には、「バーチャルトラベルチケット」と呼ばれるタグがついている。ここに記されたQRコードを読み込めば、綿を育てた畑や携わった工場の情報が確認できる。
第三土曜日には、オーガニックコットンとリネンを組み合わせて織られたショールの仕上げ加工の体験ができる(6,000円)。タオルやパジャマ、ベビー用品などの製品のほか、小単位から生地を買うこともできる。最近では、「生理用の布ナプキンを作りたい」と買い求めに来る人も多いそうだ。縫製を仕事としている人だけではなく、自分自身や身近な人のためにオーガニックコットンを使ってみたいという人にもおすすめだ。