手で触れてみる。耳をすます。
見た感じ。匂い、味わい。
自分が感じた世界を表現するのは気持ちがいい。
どんなふうに表現したらしっくりくるだろう?
絵に描く? それとも、言葉で綴る?
それをテキスタイルで表現する、というやり方もある。
この小動物みたいなブランケットには、自然の中で過ごす「居心地の良さ」という感覚が詰まっている。

テキスタイルは写真にも建築にもつながっている

渡邊織物3代目の渡邊竜康さんは、大学で建築学を専攻していた。大学の課題で模型の写真を撮るため一眼レフカメラを買い、それをきっかけに写真そのものの魅力に引き込まれていく。卒業後は設計事務所で2年間働いた。故郷に戻ってハタヤを継いだ後は、先代から続いていた背広の裏地を織り続けた。建築も写真も続けていたが、それらは織物とは別に取り組むものだった。

そんなある日、愛読していたフランスのファッション誌『PURPLE』の編集者エレン・フライス氏から、写真の仕事のオファーが届いた。憧れの雑誌に先方のほうから見つけてもらったのだ。それが竜康さんにとって、写真のひとつの到達点だった。写真では目標が叶った。次に何かをやってみたい。仕事というより、自分の物作りの延長として。そんなふうに楽しみながら自由にできることはなんだろう?そう考えていた竜康さんの目の前には織機があった。つるつるした裏地ばかりを織っていたが、同じ織機で質感があるものを作れないだろうかと試してみる。これまでまったくやったことのない挑戦だ。織り方もすべて独自で編み出した。そんなふうにして新しい質感の生地を生み出すことは、写真や建築による表現に通じていると、竜康さんは気づく。

織物と写真とのつながり。それは「オリジナルの生地を洋服に仕立てて、その風合いを写真に撮る」という目に見える作業の部分にもあるが、それだけではない。色、テクスチャー、心地よさ、デザイン。写真を撮る目で感じるのと同じものを、竜康さんはテキスタイルでも表現していく。新しい生地はいろいろなものを見ていて、ふとひらめく。たとえば、自然の中に身を置いたとき。けれどそれは、葉っぱを見て、そのかたちをそのままデザインに落とす……ということではない。たとえば夜中に、ふと車を運転して山へ出かけ、一人でテントを立てる。自然の中に抱かれる感覚。静けさ。そのリラックスした感じ。五感で感じるものが、テクスチャーとして表れる。それは、言葉で表現する前の感覚や感情だ。そういったものを言葉にするよりも早く、直接伝えられるのが写真とテキスタイルの共通点だと竜康さんは言う。

人間の感情にうったえかけるもの、五感で感じるものを、どのように作品として生み出すか。テキスタイルも写真も建築も、表現方法が違うだけで、竜康さんには共通する創作だ。建築であれば、コンクリートの冷たさ、質感、肌触り。窓の配置やプロポーション。建築と写真とテキスタイルは、トータルで境目なくつながっている。共通点はもうひとつある。それは、「作ろうとして作る」のではなく、「作りたいから作る」ということ。自分の中から湧き上がってくる自発的な感情を大切にしている。その感覚は、注文を受けて裏地だけを織っていたときにはなかったものだった。

建築の技術を生かし、竜康さんはお客さんがくつろげるような場所を工場に自身で設計した。そこには竜康さんが惹かれた物があちこちに置かれている。たとえば机に置かれた写真集。山の中で見つけた鹿の角。そうしたものを通して、訪れた人と新たな接点が生まれる。時間があるときには、自然豊かなこの町を案内したりもする。一人で製品や作品を生み出して、直接エンドユーザーとつながれることも、写真の表現と似ていると竜康さんは言う。

第三土曜日には、そんな空間に実際に身を置いてもらいたい。言葉だけでは伝えきれない肌触りや色や光が、この場所では感じられるに違いない。

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