石を彩り能登の海を感じる

石からは、海の音が聞こえてきそうだ。私が今、筆を持ち、彩っているのは能登の海岸にあった石。車庫を改造して絵画教室にしたアトリエで、そこに通う子どもや大人たちの作品に囲まれながら、多様な大きさの石からひとつ選ぶ。

「この石を何にしようかな」。取材に行った日は1月だった。そういえば、年始は茄子が縁起の良いものとされている。茄子のへたは、やっぱり黄緑がいい。女将は緑に近い黄緑と青に近い黄緑、ふたつの絵の具をしぼりだした。色を混ぜ筆で石の上を彩る。その後に、茄子の紫も塗る。アクリル絵の具は速乾性があるから、間違えたら、上から他の色をつけられる。最後は好きな飾りを選ぶ。女の子の茄子にしたかったから、リボンをボンドでつけた。サインペンで丸い目と鼻、口を書く。最後に女将が色えんぴつで頬をピンクにしてくれた。

衣料品のセレクトショップ「ディップス」の店主に嫁ぐまで女将は幼少期を大阪で過ごした。出身は美大で、その後グラフィックデザイナーとして東京のデザイン事務所に勤めてから、七尾に嫁いだ。花嫁のれんについては何も知らなかった。

花嫁のれんの風習があるのは、かつては加賀藩だった地域だけだ。その存在を知ったとき、「石川でも花嫁のれんのあるところとないところがあるんだなあ」と感じた。当時、一本杉通り振興会の会長だった店主は「花嫁のれんでまちおこしをしたい」という強い思いで花嫁のれんキャラバン隊を作り、先頭に立って全国を駆け回った。ときどき、女将も同行した。結果として花嫁のれんを軸とした、歴史を生かしたまちづくりが脚光を浴びた。テレビドラマ化が契機となり、第6回ティファニー財団大賞を受賞した。念願の花嫁のれん館も開館し、その後花嫁のれん列車も運行を始めた。花嫁のれんキャラバン隊の思いは実を結んだのだ。

昔は花嫁一人につき一枚だけだったのれん。女将は教えてくれた。今は「ひとり一枚」にこだわらず、貸し借りをしている家庭があること。仏間のない家では、赤ちゃんの誕生のお祝い事のために飾ったり、床の間にかけたりしている人もいること。若者ならではの花嫁のれんの使い方を実際に目にしたのは、息子が結婚したときだ。息子の妻となる女性は能美市出身で、七尾と同じように花嫁のれんの風習がある街である。とはいえ、その風習はもう有名ではなかったので、一本杉通りに来たときは驚いたそうだ。

息子の結婚式は、新郎新婦が入場する際、花嫁の母親ののれんを飾ってもらった。そして息子の妻は、花嫁のれん館でのれんくぐり体験をしたという。「のれんってきれいだね」。そう言う若い花嫁の隣では、彼女の母親が心を動かされたように、じっとのれんを見つめていた。

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