自分だけの匂いを選び個性を知る

匂い袋を揉むと和の香りが漂う。情報過多な今の社会で疲れた脳がほぐされていく。身体を温める効果もあるダイウイキョウは甘くてほろ苦い。インドネシアで生まれたチョウジは刺激的だ。木の皮から作られ中国では「百薬の長」とも呼ばれるケイヒは爽やかなほろ苦さ。ビャクダンは、樹齢が60年以上になってからようやくまろやかな香りが漂うという。昔は墨絵を描く際必ず使われていたリュウノウの甘さは、濃くて強い。すべて私たちの暮らしの中で使われている香りだ。

香りの世界ではかぐことを「聞く」と表現することがある。大切なのは調香の土台になる香りを聞いて「いいな」と感じる一瞬だと女将は言う。自分が好きなものを三杯、二番目に好きなものを二杯、あとは一杯ずつ。最後はリュウノウを少し入れてブレンドする。一杯ですくう量は自由だ。鼻に近づけて「ちがうな」と思ったら、好きな香りをもう一杯。それでも違和感があればリュウノウを半匙ほど加える。混ぜ合わせて自分だけの香りになったら、小さな袋に少しずつ入れて四つ折りする。

目の前には鮮やかな能登上布の布袋と紐が並んでいる。好きな布袋に入れ、紐で蝶々結びをして完成。

自分だけの匂い。時間が経つにつれてじょじょに変化する。世界にひとつしかない匂い袋は、今日も私に安らぎを与えてくれる。

高澤ろうそく店の匂い袋体験は、最初の花嫁のれん展の翌年に始めた。自分たちの強みをいかしていこう。のれん展をきっかけに、一本杉通りの女将たちの心はひとつになったという。話を聞いているだけで心が落ち着いた理由は、匂い袋があったからだけではない。女将のやさしい人柄が、私たちをも穏やかな気持ちにさせてくれるのだ。

女将は七尾生まれ七尾育ち。結婚した当時は呉服屋のカタログに花嫁のれんが載っている時代だった。一生に一度しか使わないのれんのために、両親に金銭的な負担をかけたくない。そう思い「いらない」と母に言ったが、「そうはいかないよ」という言葉が返ってきた。どののれんにするか選んだのも母だった。披露宴の前、花嫁のれんをくぐったことはあまり覚えていない。当時すでに七尾出身の花嫁は少なくなっていて、遠方から嫁いだ奥さんが多かった。そのため家族が他家に貸しているうちに、女将ののれんはいつのまにか家からなくなった。

そんな折、近所にいる90歳の女性と話をする機会があった。その女性の実家は貧しく、たくさんの姉妹がいたのだが彼女の母親はのれんを準備してくれた。昔は嫁いだ後に女性が実家に帰ることはなかなかできない。近くに実家があるのに親に会えない。寂しくなったとき、彼女は箪笥にしまった花嫁のれんを撫でていたそうだ。話を聞いた女将は「私も親の思いをもっと大切にすれば良かった」と感じた。そして自分の一人娘に想いを馳せた。「娘はどこに嫁ぐかわからない。アフリカとか遠い外国に行ってしまうかも。どこに行っても頑張ってほしいな」その願いは心の中にずっとあった。

いよいよ娘が結婚することになったとき、花嫁のれんの柄は決めていた。「好きな画家が鯉の絵を描いていたんです。それにあやかりたいし、娘も5月5日生まれなので、鯉のぼりが空に泳いでいる柄がいいなと思って」。できあがったのれんは予想以上の出来栄えだった。社会という空に、次世代の人々が泳いでいく。のれんを作った人は、そんな思いをこめてくれたようだ。女将は思わず涙した。

娘はとても喜んでくれて、結婚式の日、式場の入り口にのれんを掛けてくぐった。司会者が花嫁のれんに詳しい人で、心をこめてその説明をしてくれたことも嬉しい驚きだった。今、女将の娘は東京で結婚生活を送っている。彼女は毎年忘れずに、誕生日の前後一週間、花嫁のれんをかけているそうだ。花嫁のれんを飾る日は、両親に感謝して、結婚した日の気持ちを思い出す日なのだ。

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