礼儀作法と共に育まれた職人技

「よろしくお願いします」。ものを習うときは、礼儀作法が大切だ。挨拶をして、一言も聞き漏らすまいと先生の言葉を聞く。小学校の頃は習慣だったはずなのに、いつしかそれは当たり前のことではなくなっていた。

その「当たり前」の礼儀を取り戻すことから、「御菓子処 花月」での和菓子作りは始まる。先生の手の中で、和菓子の生地が転がりきれいなまるい形になる。餡が包まれ、指で押されて美しい形の和菓子が仕上がる。「凄いですね」と思わず口にすると、「何十年もやってきたから」という言葉が返ってきた。

和菓子作りの職人技は目にするだけではわからない。実際に自分でやってみると、どうしてもきれいな丸ができない。先生が手を加えてくれて、ようやく完成した。「ありがとうございました」。お礼を言う。

七尾の伝統を守り続けてきたのは技術だけではない。上に立つ人への敬意。和菓子職人は、それを心に留め、技を磨き続けてきた。美しい上生菓子が五つ、目の前に並んだ。

「御菓子処 花月」の創業は明治29年。現在の女将が嫁いできたのは50年前になる。それからずっと、彼女は四季折々の和菓子の味わいや抹茶の作法、季節ごとに異なるお茶椀をお客さんに見せ、伝えてきた。

2010年の「花嫁のれん」のドラマに先駆けて、監督が一本杉通りに足を運んだ。「御菓子処 花月」を一目見てロケに使うことを決め、収録日に撮影が行われた。カメラが回り始める。お客さんとして入ってきたのは、今は亡き女優・野際陽子さんだ。野際さんを迎える店員として女将は出演した。

その頃、野際陽子さんは癌に体を蝕まれていた。しかし女将の記憶に残る彼女は、気品のある女優だ。苦しみを表情に出さず自分の役を演じ切る姿に、野際陽子という女優の矜持を感じた。お菓子を買って手土産に持って行く数分の場面だったが、半日ほど店舗が使われた。「花嫁のれん」と名付けた和菓子を「御菓子処 花月」でも売り出すことにしたとき、野際さんはある提案をした。「せっかくだから、女将がお嫁に来たときに持ってきたのれんをパッケージにしたらどう?」

最後に野際さんからもらった言葉だったと女将は振り返る。それは実現し、和菓子「花嫁のれん」は、ちりめんの愛らしい絵柄のパッケージに包まれた。美しい商品が立ち並ぶ店舗の中でも、ひときわ目をひく。女将と野際陽子さんの大切な思い出の品でもあるのだ。

花嫁のれんをくぐるとき、白無垢を着て綿帽子をかぶっている花嫁に、のれんは見えない。くぐった後もすぐに移動しなければならない。のれん展で飾られたとき、ようやく「私ののれんはこれなんだなあ」と思った柄を、今は和菓子を売りながら毎日目にしている。女将はのれん展の時期になると店舗に八枚ののれんを飾ることにしている。子どもは息子ばかりだが、孫は七人いてそのうちの四人は女の子だ。いつか花嫁のれんは、若い彼女たちの宝になるのかもしれない。

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