酔っ払った男たちが喧嘩する怒鳴り声、キャバレーの女性たちが客引きする甘い声、芸者さんたちが連れ立って料亭へ向かう下駄の音。今は静かなこの町には、かつていくつもの音が朝まで鳴り響いていた。

時は『ガチャマン景気』と呼ばれた、機織りの黄金時代。「ガチャッとひと織りすれば1万円儲かる」と言われたのが呼び名の所以だ。ハタオリマチである下吉田で、休みなく働く人々の作り出す織物が日本中で求められた時代。あまりの好景気に、織物産業の人々が暗がりで履物を探すとき、灯りの代わりに千円札を燃やしたと逸話が残るほど。彼らが織物を売った金を手に、夜な夜な訪れるオアシス。それが「西裏」という場所だった。

250人を超える芸者さんが町中を歩き、料亭では男たちが酒を飲み遊んだ。時代の移り変わりとともにキャバレーや映画館、パチンコ屋、飲み屋が何軒も現れた。ここにくれば、なんでもあった。なんでも買えた。まるで小さな町全体がひとつのテーマパークのようだったのだ。

特に盛り上がったのは、月に一度「停電日」と呼ばれる日。休むことなく働き続ける機織業の人々を休ませるため、町が強制的に工場の電気を止めたのだ。休みになった機織業の人々は、男も女もここぞとばかりにオシャレをして西裏へ飛び出した。行き先の選択肢は多くあったわけじゃないけれど、彼らはガラス管でできたネオンの灯りを頼りに、各々のお気に入りのルートで西裏を何度もぐるぐる回った。50円食堂で食事をし、映画を観て、バーでお酒を飲んで……その後の記憶はない者も多い。

おもしろい話がある。下吉田の人間が旅行で伊豆へ行き、タクシー運転手に言った。

「どこかおもしろい遊び場はないかね」

運転手はピンときたように「それならいいところがありますよ」と車を走らせた。そうして降ろされた先は、見慣れたネオンの光る、この西裏だったそうだ。それほどまでに、この町は大きな歓楽街になっていた。

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