「乗せてー、乗せてー」
そんなはしゃいだ子どもたちの声が聞こえた、月江寺の池。今は静かで、人工の水をひいてきているけれど、かつては富士山の湧き水あふれる豊かな池だった。上に続く高台はすべて溶岩。その流末ゆえに雪解け水が溜まり、池となった。
サワガニが住むきれいな池に、子どもたちがこぞって通った理由。それがボートだった。池に向かって左側には貸しボート屋があったのだ。先端にアヒルのついた木製ボートはグラグラと揺れ、池の底で固まった溶岩に当たって転覆することも多々あったという。
あるとき、少年が表彰された。月江寺の池に落ちた友人を助けたのだ。勇気ある行動は褒め称えられ、少年の父親もさぞ鼻が高かったことだろう。
ところが、この話には裏がある。
「乗せてー、乗せてー」
池の縁に立って両手を振っていたのは、池に落ちた彼。当時、ボートに乗っていた少年は、友人に気付くと「おー、ちょっと待ってろ」とボートを岸へ寄せた。友人が片足をボートにかけた瞬間、少年のなかでいたずら心に火がついた。
バシャン!
突然、岸を離れたボートにバランスを崩した友人。いたずらの成功に大笑いしながらも「ごめんごめん」と少年が友人を引き上げた、その瞬間を大人たちが目撃したのだった。
「本当のこと、誰にも言うなよな」
池に落ちた友人やまわりの仲間に小声でそっと口止めし、表彰を受けた少年はニッコリと笑った。
ちなみに、昔の月江寺のあたりは子どもたちにとってかっこうの遊び場であった。池にはボートが浮かび、坂道を登ると猿や鳥などのいる動物園、小さな鉄道や観覧車などもあった。
ここに来たときに感じる高揚感は、大人も同じ。盆踊りなどのお祭り事といえば月江寺、そして境内の劇場では演劇や歌謡ショーが行われていた。境内に作られた特設リングでは、当時の横綱を招いて相撲巡業が行われたり、プロレスの試合ではジャイアント馬場の姿も。富士山を望む高台の上は、大人にとっても、子どもにとっても、何かイベントごとのたびにわくわくする遊園地のような場所だったのだ。
また8月7日には、地元の商店街が「良い子の花火大会」を月江寺で開催。富士五湖地域で最もにぎやかな河口湖の湖上祭に行かれない子どもたちを想ってのものだった。