「馬に酒飲ませたら、暴れて飛んでったよ。はっはは」

『うまっとばかし』。下吉田の人たちは、毎年9月18、19日におこなわれるこの祭りを、そう呼ぶ。下吉田では「走る」ことを「飛ぶ」と表現することから、馬が走っていく祭りなので『うまっとばかし』だ。

正式名称は『流鏑馬(やぶさめ)祭り』。馬に乗って弓を射る、さまざまな地域によくある祭りだ。ただ、この地域の流鏑馬は、少し雰囲気が違う。

シュッと弓が的を射るかっこいいイメージと違い、矢の行き先は重要ではない上に、馬の走りもそこまで速くはない。というのも、この馬たち、実は農家から選出された農耕馬なのだ。流鏑馬の馬に選ばれるのは大変名誉なことで、どの農家もこぞって自分の家の馬を出したがったという。

おとなしい農耕馬、とはいえ、祭り事の熱気で馬が暴れたエピソードはたくさんある。

あるときは、酒を飲まされた馬が大暴れ。月江寺商店街を走り抜けていくのをこの目で見た、と人々の言葉に熱がこもる。踏まれた人もいる、あるときは子どもが跨った鞍が馬の腹側に回ったまま下吉田駅まで走って行った、なんて話もあるほどだ。

流鏑馬で馬が走る道の横には、かつては土が盛ってあった。「雪代(ゆきしろ)」という富士山の雪解け水で起こる洪水から町を守るためだ。増水の危険も少なくなった現在は、貸倉庫になっている。

しかし、馬が走る道だけは何年経っても変わらない。決して舗装されることのない道だ。

実は、この『うまっとばかし』のメインは、弓を射ることではない。人々が注目するのは、馬が走ったあと。神社に備わった占人(うらびと)がその足跡を辿り、町の1年を占うのだ。

「今年はこの地域に火事が出る、争いごとがある。気をつけなさい」

馬の蹄の跡からそんなお達しが、町中に伝わり、該当の地域に住む人々は火の元に注意する。それが今でも変わらない、この地域の人々が毎年よくよく気をつけて聞くお達しなのだ。

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