「バッタンガールにお土産買ってくだ。もちろん、おかあにも買ってくだよ」

「ガチャマン景気」と言われ、富士吉田の織物が売れに売れていた時代。毎月1と6がつく日におこなわれる市で織物を売った男たちは、その売上金を片手に西裏の町を何周もまわりながら、酒を飲み、遊び歩いた。

酔った頭でふと我に返り、家で待つ妻や工場の女性たちの怒った顔が浮かぶ。何かお土産を買っていかなければ――。そんな男たちが飛び込んだのが、本町通り2丁目に店を構えていた小間物屋『松島屋商店』だ。

女性たちが髪につける椿油から洋裁道具、時代によってはランドセルまで売っていた松島屋。お土産に一番人気なのは、化粧品だ。口紅の色なんてよくわからないから、無難なお粉をチョイスする。

「それ、先週も同じもの買ってたよ!」

そう男たちにアドバイスする役目だったのが、若くして『松島屋商店』に嫁いできた妻だった。

年に一度、小室浅間神社(下浅間)でおこなわれる流鏑馬祭りに、知り合いの手伝いで八代から来たところを見初められた妻。働き者だと姑に気に入られ「地元に帰らないで」と言われたことから、そのまま嫁にくることに。

しかし、姑は厳しかった。早朝から家の掃除などの家事、子育て、行事ごとの準備に加えて、店番まで。求められる役割は多く、必死に働いてもなかなか認められない。それに対し、優しく接してくれたのが舅であった。出かけるときには必ずこっそりお小遣いをくれた。

肝心の夫はと言えば、この町では珍しくない遊び人。毎晩のように飲み歩き、芸者さんに送らせた挙げ句に家に上げ、なんと妻に芸者さんを送らせることさえあった。3丁目にある『大星家具店』の主人とは仲良しで、一緒に伊豆旅行に行く仲だったという。

旅行といえば、この夫との新婚旅行だ。当時は新婚旅行自体が珍しいこと。熱海に向かう電車の中で、妻は心を踊らせた。ところが、旅館について早々、夫は出かける準備を始めた。

「熱海は、俺にとっちゃホタルのケツだ。ちょっと出かけてくるわ」

ここで夫の言った「ホタルのケツ」とはつまり、町にあかるいということ。以前からよく知る熱海の町に、1人消えていった夫。残されたのは妻と、枕元に夫が置いていったバナナ一房だけだった。

そんな夫が、あるときダンスホールに妻を連れ出した。ルンバ、マンボ、ジルバ、キューバンルンバ……。華麗に踊る夫を横目に、妻は固まっていた。踊り方を知らないのだ。

帰宅後、舅に「楽しかったかい」と聞かれ「私、踊れないから」とこぼすと、舅がステレオを買ってきた。同じ商店街にある、富士吉田で一番古い楽器屋『カサハラ楽器店』のものだった。

「隣の店のせいやんがダンス上手だよ。教えてもらうといい」

隣の『土屋洋品店』の「せいやん」こと、せいじさんは夫と同級生。話し上手で歌がうまく、いつも周りに人が寄ってくる人気者だった。そんな彼に頼み込み、松島屋商店の2階の広間で、ダンスを習う日々。

そして、妻はもう一度ダンスホールに立っていた。踊りを披露すると、夫は唖然として言った。

「うめえもんだ、一体どこで覚えただー?」

誇らしくて嬉しくて。それからは、すっかり彼女のほうが夜遊びに出たくてしょうがなくなってしまったんだとか。

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