「今日も眠れないなあ……」

110年以上の歴史を持つ本屋『一品堂書店』で、少女は路地裏に面した二階の部屋の窓から外を覗く。もうとっくに子どもが寝る時間は過ぎているけれど、なかなか寝付けないのだ。

西裏の店の夜は長い。本屋であっても営業は21時まで。家族みんなで「夜のお茶の時間」があったり、店を閉めたあとにラーメンを食べに行ったり、子どもながらに夜は楽しみだった。

ただ、いくら夜が遅いと言っても、もう0時をまわり、さすがに寝る時間である。それでも少女は眠れない。

その理由は、家のすぐ横に集まる人たちだ。そこは、西裏界隈のキャバレーで働く女性たちのお迎えの車がやってくる場所で、いつも決まった時間になるとどこからか大勢の女性がやってきた。彼女たちの喋り声や足音は夜の町に高く響き、少女の部屋まで届いた。

あるとき、「お客さんを取った、取られた」と喧嘩が始まって、とうとう少女は布団を抜け出した。窓辺からこっそり通りを見下ろすと、派手な女性たちがお互いに掴みかかる勢いで言い合いをしていた。

少女にとっては、その光景も日常であり、夜の楽しみのひとつだった。

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