「もし、西裏で自転車がなくなったら、坂を下れ」

西裏で遊び慣れた人々のあいだで、それはお決まりだった。

自分の自転車がなくなったら、とりあえず坂を降りてみる。そうすると一番下ったところに、たいてい乗り捨てられているのだ。なぜなら西裏で飲んだあと、家までの下り坂を見下ろして「帰るのが面倒だなあ」と思う気持ちを誰もが知っているから。

富士山の麓である下吉田は、坂で出来ている。手頃な自転車をそのあたりで“お借り”して、シャーッと坂道を下ることができたなら、歩いて帰るより何倍も早く着く。しかもタダ。

盗み、盗まれ、また盗み。西裏で飲んで、坂道を見下ろした経験があるからこそ、「坂を下れ」の意味がわかるのだ。

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